お姉さんは声を潜めて私に聞いた。
「え、っと・・・風間さんの妹さん、だったの?」
そう、私の兄は薄桜鬼と犬猿の仲だと言われているバンド、devilのギターボーカル風間千景なのだ。
今日だって、私が薄桜鬼のファンだと言う事を快く思っていない兄に内緒で来ていたのだった。
それなのに、まさか楽屋招待が当選するなんて、ましてや兄・千景に出くわすなんて予想もしていなかった。
「は、はい・・・あの・・・その・・・」
しどろもどろでお姉さんに返事をすると、すかさず兄に鋭い追及を受けた。
「おい、なんでお前が楽屋にいる?どうせ嘘ついてライブに来てるのではないかと想像ぐらいしていたが、なんで・・・」
「実は、楽屋招待に応募して・・・当たっちゃったの」
「お前っ!?」
「ごめん、お兄ちゃん、本当にごめんっ!それよりお兄ちゃん、なんでここにいるの?」
「俺達は・・・」
俺達、と言った兄・千景の向こう側に目をやると、不知火さんと天霧さんの姿が見えた。
不知火さんは私に気がつくと、相変わらずの軽薄そうな笑顔でこちらに向かって笑いかけた。
天霧さんは強面な容姿に似合わずいつも低姿勢で、今も私に向かって深く頭を下げた。
「この事務所の社長と、うちの社長が仲が良いのだ・・・ふん、こんなバンドのライブなど観に来たところで全く時間の無駄という他ないのだがな。ま、要するに無理やり連れて来られたようなものだ」
苦々しく不満を吐き出した兄は、廊下の向こう側で人の良さそうな笑顔の男性と、兄たちのバンドの事務所社長が話しているのを横目見た。
(薄桜鬼と仲が悪いって本当?っていつも聞きたかったけど、心のどこかで本当は仲が良いんじゃないかって期待してたのに・・・本当にお兄ちゃん、薄桜鬼の事嫌ってるんだな・・・残念・・・)
私がしゅんとしていると、お姉さんが兄と私を交互に見ながら言った。
「あ、風間さん・・・楽屋招待、なんだけど・・・どうですか?」
「へっ?・・・あ、あっ!もちろん行きます!」
私はお姉さんの背中を追って、兄たちと反対の方向へ歩き出した。
背後に嫌な気配を感じて振り返ると、兄が私のすぐ後ろを付いて来ていた。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」
「ふん・・・なんだ?」
「なんだじゃないよ、どうしてお兄ちゃんも来るの?」
「お前が、あんなアホなやつらにたぶらかされては困るからな」
「んんんんんなことある訳ないじゃんっ!」
「安心出来ん」
どれだけ言っても、聞き入れてくれそうになかった。
(ああああ・・・devilの風間千景の妹だなんてわかったら・・・一発で嫌われちゃうじゃないっ!サインも貰えなくなっちゃうかもしれないよ・・・)
一気にテンションが下がった私が重い溜息をつくと、お姉さんはとある部屋の前でぴたりと足を止めた。
半開きになったドアを軽くノックする。
「当選者の方をお連れしました」
室内へ向かって声をかけると、中からすらっと背の高い男性が現れた。
「おぅ、誘導ありがとな」
男性はお姉さんにお礼を述べると、こちらに視線を寄こして、その直後固まってしまった。
「か、風間・・・」
「久しぶりだな、土方」
「来てたのか」
「社長がどうしてもというのでな」
「そうか・・・すまん、これから楽屋招待に当選したファンの子とメンバーがとミーグリを行うんだ。ちょっと待っててくれ」
そう言って私を見下ろして
「君が当選者だね?えっと・・・名前はなんだっけ?」
(ぎゃーーーーーーーーーーっ!どどどどどうしよう)
「風間だ」
私がおろおろしていると、背後に立っている兄の声が頭上から降って来た。
「いや、おめえの名前なんか聞いちゃいねえよ」
土方さんという男性は半笑いで兄の方をちらっと見て、また私に向かって話しかけた。
「名前、教えてくれるかな?当選者の資料を別の楽屋に置いて来てしまってね」
「・・・あ、あの私」
「風間だ」
「あのなぁ、さっきからおちょくってんのかぁ?邪魔すんじゃねえよ、すぐ行くからあっちで待ってろ!」
ドスの聞いた声で土方さんが怒鳴る。
「か、風間・・・です」
「・・・はい?」
土方さんは、今度は素っ頓狂な声を上げて私を見ている。
「あの、私・・・風間千鶴・・・です」
「か、ざ・・・ま・・・ちづ・・る?」
「・・はい、千景の妹です」
「ふん、だからさっきからそう言っておったのだ。馬鹿め」
目玉が転がり出そうなくらい目を大きく見開いて、土方さんが口をぱくぱくさせていた。
(もう・・・ヤダ・・・泣きたい・・・)
「さあ、さっさと案内しろ」
兄は不遜な態度で土方さんに向かって顎をくいっと上げた。
「ぐっ・・・まさか、こんな偶然が・・・」
土方さんはよろめきながらドアを開けると、私たちに中へ入るよう促した。
【続く・・・】