総司さんから祇園祭へのお誘いをもらってから7月7日を待ち遠しく過ごしていたある日、花ちゃんから「T・GIRL行かへん?」と誘われて、約1カ月ぶりに私たちは歌舞伎町へとやって来た。
7月になっていたので、以前総司さんから「浴衣祭りでホストの人達はみな浴衣姿で接客している」と聞いていた私は密かに総司さんの浴衣姿を想像して浮かれていた。
毎日メールや電話でやりとりをしていたけれど、何度お願いしても総司さんは浴衣姿の写真を送ってくれなかったのだ。
祇園祭まで楽しみにとっておきたい気持ちもあったけれど・・・と緩む頬を押さえて花ちゃんと店内へ進んだ。
相変わらず仄暗い通路を進んで行ったその突き当り、辿り着くと自然とドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、今回もオーナーの慶喜さんだった。
「あ、お久しぶりですね」
慶喜さんは、軽く一礼した後ににっこりとほほ笑んで
「総司と馨で宜しいでしょうか?」
とすかさず言った。
花ちゃんが、お願いしま~すと会釈する。
すごい、たった1度来ただけなのに覚えてるなんて・・・とあっけにとられていると、すぐに慶喜さんから呼ばれて奥から浴衣姿の馨さんがやって来た。
「総司さんもすぐ来ますから」
と馨さんは私達を席までエスコートしてくれた。
「馨君、浴衣めっちゃ似合うやーん」
「マジー?嬉しいなー」
やっぱりテンション高めな二人はすでにキャッキャとはしゃいでいた。
浴衣姿の総司さんをドキドキしながら待つ間、前回とは変わった印象の店内を見回す。
浴衣祭りに合わせたのだろうか、テーブルだったり、その上に置かれたコースターだったり、他にも色んな装飾品が和風テイストで統一されていて、洋風なソファや壁のライトなんかとのマッチングが明治時代あたりを思わせるような雰囲気を醸し出していた。
「えっ?あれ・・・?」
視線を彷徨わせたその先に、こちらにゆったりと歩いてくる総司さんを見つけて私は思わず声を上げてしまった。
なぜならば、彼は今日もスーツ姿だったから・・・。
「こんばんは」
恥ずかしそうにして私と花ちゃんに挨拶すると、すっと静かに横に腰を下ろす。
ポカンと口を開けたままの私を見て、総司さんはにこにこと笑って尋ねる。
「どうしたんですか?」
「え、だって・・・総司さん、浴衣じゃない・・・んですか?」
質問に質問で答えると、横から馨さんが答えた。
「総司さん、今日花ちゃん達が来るみたいですって言ったら、着替えちゃったんだよねー」
早口で言って、近くに立っている制服姿の男性をテーブルに呼ぶ。
私も総司さんも慌ててメニューからカクテルを選んで、告げると制服姿の男性は恭しく一礼して去って行く。
そうだ、なんで着替えちゃったのか聞かなきゃ、と総司さんに向き直ると。
「・・・祇園祭の日まで・・・待ってて下さいね」
そっと私だけに聞こえる様に耳元で囁く。
「!!!!!!!」
顔から火が出そうになって、私は小さく頷いて答える事しかできなかった。
総司さんに誘われた祇園祭。
花ちゃんに一緒に行ってくれないかと聞いてみたけれど、夏休みに備えて時給の良い週末はフルでバイトのシフトを入れてしまったと、一緒に行けない事をすごく悔んでいた。
結果、私は総司さんと土方さんと3人で京都へ向かう予定になっている。
心地よい声がまだ耳元にあるような気がして、まだお酒を飲んでいないのに私はすでに夢見心地になっていた。
このテーブルのオーダー分が運ばれてきて、乾杯する。
横では花ちゃんと馨さんが二人だけの共通の話題で盛り上がり始めたので、私は隣の総司さんと向き合って話す形になった。
「もう、浴衣は買いましたか?」
総司さんは私にだけ聞こえるぐらいの声量で話すから、私もつい声のボリュームを絞って答える。
「あ、はい・・・自分で着付けが出来る様にお母さんに教えてもらって練習してます」
「うわぁ、楽しみだな」
本当に嬉しそうに総司さんが笑うから、私も自然と笑顔になる。
その後少しして、総司さんは慶喜さんに呼ばれて席を立った。
「あ、少しだけ待ってて下さいね」
彼は名残惜しそうに言って、自分のグラスを制服の男性に手渡すと、すっと立ち上がり暗がりの中へ消えて行った。
こういったホストクラブなどでは他の指名客と来店が被った場合、離席するその間、別のホストが繋ぎでヘルプにやって来るのだとその時初めて知った。
「失礼します」
ヘルプでやって来たのは渋い色の浴衣に身を包んだ土方さんだった。
あ、確かこの怖い顔・・・と思わず身構える私をチラッと見てふふんと鼻を鳴らして笑い、どかっと向かいの一人掛けソファに腰を下ろす。
総司が戻るまで宜しくな、と手短に自己紹介を済ませて制服の男性が運んで来たグラスを受け取り、私、花ちゃんの順でグラスを軽くぶつけて一気に飲み干した。
あまりにも憮然とした態度がさまになっていて、少しの間あっけにとられて土方さんを眺めてしまった。
「ん?どうした?」
「あ、あの、どうしてそこに座るんですか?」
「ははっ、指名したホスト以外は隣に座らんのだ」
「え、ああ・・・そうなん、ですね・・・」
水商売の世界では常識な事だったのか、私はちょっと恥ずかしくなってグラスの中身を一気に空けた。
「おかわりでいいか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
斬りつけるような鋭い目を少しだけ細めて、土方さんが笑顔を見せた。
あ、笑うんだ・・・。一緒に祇園祭に行くんだから、仲良くしなきゃね・・・ちょっと怖いけど。
すぐに新しいグラスが運ばれてきて、目の前に置かれた。
「ふぅーん、ほおぉ」
そんな小さな呟きが聞こえて、目の前のグラスから土方さんへ視線を移すと私の事をじろじろと見ていた彼の視線とぶつかった。
「?」
「あの総司が・・・ね・・・」
また独りごとを言ってから前かがみになり、手招きで私を呼ぶようなジェスチャーをする。
なんだろう?と思って、私も前かがみになると
「あいつの誘い、受けてくれてありがとよ」
花ちゃん達に聞こえない様に配慮して小声で言うと、片頬を上げてニヤッと笑った。
「こ、こちらこそ・・・ありがとうございます」
前かがみのままペコペコと頭を下げると、土方さんの顔がみるみる赤くなっていく。
え?急になんで?
と意外な気がして屈んだまま土方さんの顔を凝視すると
「・・・それ」
額に手を当てて目線を覆い、こっちに人差し指を向ける。
指先を視線で辿って行くと・・・
「きゃっ」
シャツのボタンが1つ余分に外れていて、胸の谷間とブラが丸見えに近い状態になっていたのだった。
赤面して慌ててボタンをとめると、くっくっくと声を殺して土方さんが笑っているのが聞こえて来た。
「お前ぇ、なかなかいいな・・・総司にゃもったいないぐらいだ」
祇園祭に備えて仲良くなるつもりが、すっかり呆れられてしまったんだと、また恥ずかしさが襲って来て私は俯いて、すいませんを何度も繰り返した。
その後すぐに総司さんが戻って来たので、入れ換わりで土方さんは席を立った。
すれ違う時に総司さんに何か耳打ちしたようだったけれど、何を言ったのか私には聞こえなかった。
元居た場所に総司さんが座るやいなや。
「ふぅ、お待たせしました・・・あの・・・」
「あ、はい」
「土方さんが、良いもの見せてもらったぜって言ってましたけど、何かあったんですか?」
「っ!!!! な、なんでもありませんっ!」
私はすでに閉じられているシャツの前を隠す様に襟元を掴んだ。
総司さんはにこにこしながら、土方さん怖い顔してるけど凄く優しい人なんですよと、まるで自慢の兄の話をするかのように、延々と土方さんの話を続けた。
総司さんが心から土方さんを慕っているんだとは言う事は伝わってきたけれど、私はさっきの出来事があまりにも恥ずかしくてぎこちなく笑って頷く事しかできなかった・・・。
今日は2時間滞在して、チェックを済ませた。
帰り際、馨さんと総司さんと慶喜さんに入り口で見送られる時に、土方さんも奥からやって来た。
土方さんの顔を見てぎこちなく頬を引きつらせている私に気づき、総司さんが何か土方さんに耳打ちした。
それに耳打ちで土方さんが何かを答えてニヤニヤと笑っている。
「ええぇっ!? ひ、土方さん・・・」
総司さんは急にわなわなと唇を震わせて土方さんの肩を揺さぶり
「ず、ずるいですよぅ!!」
と兄におやつを食べられてしまった弟の様に、猛烈に抗議し始めた。
完全にさっきの事が伝わったのだと分かって真っ赤になる私と2人を、花ちゃんと馨さんと慶喜さんがびっくりした顔で交互に見る。
「あ、あ、花ちゃん帰ろっ!ま、また来ますねっ!お邪魔しましたー!」
私は花ちゃんの腕を強引に引っ張って逃げる様に店を飛び出した。
≪総司編5へ続く・・・≫