それから数日後の朝、花ちゃんは風邪を引いたとかで大学を休むとメールが届いた。
具合を聞くと、熱が38度もあるらしかった。
これから病院に行ってくる、と返事が来たのでお大事にねと返信して大学へ行く準備をして家を出た。
今日は私の選択している講義は1つだった為、正午には大学を出てバイト先に向かっていた。
バイト先は青山のフラワーショップ。
もう1年近く週2日程度、この店でバイトしている。
場所柄もあって、芸能人へのお祝いの花やアパレルショップや飲食などの新しいお店の開店祝いの注文が多く、曜日を問わず年中忙しいお店だった。
「すみませーん」
店先から声が聞こえて、はぁーいと奥から出て行くと20代後半の女性2人組が入り口に立っていた。
「はい、いらっしゃいませ」
ご要件は?と伺うと
「あのー誕生日のお祝いで、お花の注文と発送をお願いしたいのですが・・・」
見た感じ、OLさんのような風貌だったので会社の上司へのお祝いかなと勝手に想像して、希望の金額と花の種類など伺って送り先を記入してもらう用紙を渡す。
白い胡蝶蘭で予算は5万円との事だった。
「書きました」
1人の女性が記入し終えた用紙を受け取って、内容を読み上げて確認していく。
「えっと、日付は明日で送り先は・・・歌舞伎町12丁目・・・T-Girl 沖田総司・・・さま・・・」
読みやすく綺麗な文字で、はっきりとそう書かれていた。
2人の女性は照れくさそうに、微笑み合って「はい」と返事する。
メッセージは「Happy Bithday!」とお願いします、と言われ惰性で「畏まりました」と言葉を返す。
総司さん・・・明日、誕生日だったの・・・?
知り合ってたった数日前、明日が総司さんの誕生日だと言う事を知らなくてもおかしくはなかったけれど、チクチクと心が痛みだして、その後のお客さんとの受け答えはほとんど覚えていなかった。
注文用紙を店長に渡すと、店長はチラッと時計を見て「休憩はいっていいよ」と言って胡蝶蘭の発注をする為業者に電話をかけ始めた。
私はぼーっとしながら事務所のロッカーからバッグを取り出して、休憩する為に近くのスターバックスへと向かった。
カウンターでアイスラテを受け取って、空いているテーブルを見つけて腰を下ろす。
知ってしまった以上、何も言わないのはなんだか変な気もして、総司さんにメールを送ろうかと携帯を取り出した。
画面には(受信メール 1件)の表示。
病院から戻った花ちゃんからだった。
点滴を受けてもう熱も下がったから明日は大学行けると思う、という内容だった。
油断せずに、今日はちゃんと早めに寝てねと返事を打って送信する。
はぁ、とため息をひとつついてストローに口をつける。
大好きなスタバのアイスラテがいつもより少し苦く感じた。
テーブルの上の携帯がブブブと鳴って、花ちゃんからのメールだと思って画面を開く。
メールは総司さんからだった。
ドキッとして、喉を通りかけたものが逆流してごほっと咳き込んでしまった。
『総司です、こんにちは。今はまだ大学にいる時間でしょうか?』
やっぱり丁寧な書きだしから始まるメールは今回も少し長文で、先日約束した写真を送りますと書いてあった。
スクロールしていくと、本文に貼り付けられた写真が表示される。
ほんのり赤い顔をして同じ機種の携帯を手にした私と総司さんが照れ笑いしている写真だった。
『もうすぐ7月ですね。7月になるとうちの店ではホスト全員が浴衣を着るそうです』
『自分の浴衣姿なんてちょっと恥ずかしい気もしますが、~~さんの浴衣姿を見てみたいです』
最後の方の1文に少し赤面してしまったけど、誕生日に関してなにも触れていない内容に釈然としない気持ちは収まらなかった。
返信ボタンを押して、文字を打ち込む。
今日は早く講義が終わりバイト先に来ていて今は休憩中である事を書き、そして総司さんは浴衣がきっと似合うと思いますよ、とお世辞ではなく本心からそう書いた。
自分の浴衣姿云々に関しては恥ずかしくてなんて返して良いか分からず、触れないままにしておいて、最後に総司さんが明日誕生日である事を偶然知りました、お店には行けなくてごめんなさい、と打ち込んで送信する。
5万もする胡蝶蘭を送られるなんて、総司さん人気あるんだなぁとしみじみ思いながら、画像フォルダに保存された2人の写真を見つめる。
ホストクラブで働く総司さんのような人、そしてそのホストを贔屓にして通うお客さん。
どちらも自分とは住む世界が違うのだと、そんな事を考えながら再びストローでアイスラテを吸い込む。
30分の休憩時間はまだ20分残っていた。
読みかけの小説をバッグから取り出して、しおりの挟んであるページを開く。
久しぶりに読むのを再開したので、数ページ手前から読もうとページを遡る。
その時、また携帯が震えた。
メールは総司さんからだった。
『総司です。・・・誕生日の件は、誤解というか、お店用の誕生日なんです』
え?お店用の誕生日って・・・?
しおりを挟むのを忘れてうっかり小説を閉じてしまったが、気にせずメールの続きを読む。
『私は本当の誕生日は公開していないのです・・・クリスマスやバレンタインは誤魔化しようがないけれど、自分の特別な人と過ごす可能性のある誕生日だけは、今までずっとお客さんには内緒にしています』
お客さんに内緒って・・・それこそ私に言ってしまったらダメじゃない、とバカ正直な彼を可愛いと思ってくすっと声にして笑ってしまった。
『だから、ホストの仕事用の誕生日は明日って事にしていますが本当は、7月8日なんです』
彼が他のお客さんに秘密にしている事を、私にだけ打ち明けてくれたのが嬉しくて、顔が自然と笑ってしまう。
傍からみたら不気味かな?と周りを見回したが、さっきより人がまばらになった店内ではこちらの様子をうかがっている人などいなかった。
『今年は7月8日はお店も定休日なので、前日にお休みをもらって京都の祇園祭りに出かける予定です』
京都の祇園祭か・・・テレビで見た事あるなぁ。
なんてふっと思い出し、急に総司さんの浴衣姿を想像してしまった。
きっと似合うんだろうな・・・とイメージしながらメールの続きを読む。
『7月8日 ご予定は、ありますか?』―――メール本文はそこで終わっていた。
今度は咳き込むだけでは済まず、口にストローを咥えたままぶっと逆噴射してしまった。
慌ててバックからハンカチを出して、口元とテーブルの上を拭く。
心臓がだんだんと鼓動を早めて、携帯を持つ手が少し震えだす。
これって・・・一緒に祇園祭に行こうって誘ってくれてるんだよね・・・。
一旦メール画面を閉じて、カレンダーを表示させる。
7月8日・・・日曜日・・・学校もバイトも休みだった。
ど、どど、どどど、どうしよう・・・すごく嬉しいかも・・・。
散々返信内容を考えた挙句、誘われているんじゃなかったら恥ずかしいので『7月8日の予定は今のところありません』と打って返信した。
そのメールの後、休憩時間の残りはずっと携帯画面とにらめっこしていたが総司さんからの返信がないままお店に戻る時間となってしまった。
その日、バイトが終わって自宅に戻ってからは、最新浴衣が見れるサイトなんかを片っ端から開いてチェックしながら(総司さんはどんな浴衣が好きなんだろう?)と心を弾ませた。
お風呂からあがって部屋に戻ると、ベッドに置きっぱなしだった携帯は受信メールを知らせる照明がチカチカと光っていた。
『総司です。7月7日と8日ですが、一緒に祇園祭に行ってもらえませんか?』
ボっと音がするぐらいの勢いで顔が真っ赤になる。
当然部屋には自分一人なのに、何故か画面を他人に見られない様に隠す素振りをしながら食い入る体勢で続きを読む。
『あ、もちろん2人きりじゃないのでご安心を(笑)』
・・・なんだかほっとしたような、すっごく残念なような・・・。
私、2人きりを期待してた・・・?
『7月7日は七夕ですけど、慶喜さんに無理言って土方さんも一緒にお休みもらっちゃいました!』
土方さん・・・あまり記憶にはなかったけれど、確かちょっと怖そうな顔したホストさんだっけ?
『もし、一緒に行って下さるなら・・・こちらで宿泊先と新幹線のチケット用意しておきますから』
宿泊・・・そっか、7日と8日で京都に行くんだもんね・・・泊まりだよね・・・。
『あ、もちろん部屋は分けますからこちらもご安心を』
さっきから総司さんのメールに一喜一憂している自分が可笑しくて一人で照れてしまう。
それにしても、出逢ってまだ日が浅い私をこんな風に誘うなんて・・・そして、その誘いを嬉しく思っている私って・・・。
なんと返事して良いか分からなくなって何度も何度も返信メールを書いては消してを繰り返し、結局その日は携帯を方手に持ったまま眠ってしまった。
≪総司編4へ続く・・・≫