ここ数ヶ月で転職して、僕は職場で新人さんです。新人さん状態の僕は業務上でできることはほとんどありません。スキルも経験も無いし、勤めている業界や業務に縁があったりだとか、愛着があるという訳でもありません。先輩たちが話している仕事の話をまったく理解できないし、わざわざ自分から知りたいと思うだけの興味も湧いてきません。

しかし、いったいなぜ転職したのかと言えば、それは単純に給与が前職よりも高いためでした。月収で約5万円、ボーナスは1.5倍と聞いて、僕はその金額に惹かれてしまったのです。

 でも考えてみれば不思議な話です。今の仕事なんて全くこなせてなんていないのに、給与は増加している訳ですから。今の僕はいったい何の対価として給与をもらっているのでしょうか?

少なくとも前職では所属する部署でひとりの戦力として働いていたと思います。仕事はどんどん任せてもらえましたし、またみずから課題を見つけて解決するといったような自主的に動くこともできていました。しかし、成果は今よりも多かったのにもかかわらず、給与は現在よりも低かったのです。

 給与を決定する大きな要因は、メンバーシップです。つまり会社に所属しているということに対する対価が給与で、その額は会社の業績と会社内での分配の仕方によってその額が決まるのです。あなた個人が成果を出したら、その成果は部署ないし会社のものです。反対に、他の誰かの成果で会社の業績が良くなれば、あなた自身が成果を上げていなくても給与は上がるかもしれません。

このことの背景はご存知の通り、製造業が産業の中核であったこと、終身雇用制の2つが密接に結びついているとは思います。誰でも会社の一員として頑張れば、それなりの生活を送れたという意味では良い制度だと考えられます。

 しかし、広く知られている通り、終身雇用制度はほぼ崩壊しました。今では僕のように転職する人間は数多くいますし、企業もかつてのように従業員の生活の面倒をすべてみるようなことはないでしょう。僕が勤めている業界は古い体質ですので、待遇も給与も終身雇用制度に近い状態で現在も残っていますが、それも変化していくはずです。

 

 メンバーシップとして得られる給与に依存するのは、ハッキリ言ってしまえば危険です。

 

 企業は少しでも多くの利益を上げるために、能力の高い人間を優先して雇用しようとするはずですし、単純労働に対しては低い給与しか払わないというのは、当たり前のことです。給与が成果に対して払われる傾向はより一層強まるでしょう。

 つまり、社会がメンバーシップではなく成果に対して給与を払うというのなら、それにひとりひとりが真剣に向き合って考えるべきです。

もうだらだらとした会社の人付き合いや、残業我慢大会に付き合っている時間や余裕なんてないはずです。

 自分が送りたい生活を目指し、そのためには何が必要か考えて行動すべきです。趣味の時間や家族との時間が欲しければ、短時間で必要なだけ稼ぐ成果を出す必要があります。会社の一員だから全員でだらだら残業しようなんて考えは、時間を浪費しているだけですし、会社もそんな従業員は成果を上げていないので評価しなくなるでしょう。時代は確実にメンバーシップから成果へと変化しているのです。

僕もこの記事を書く中で、自分自身の書く力を磨こうと思っています(まだまだ下手ですが書き続ければ上達するはずです)。書く力というのは、それだけでブログで稼いだりライターとして働く力、すなわち成果を上げる力のひとつです。直接的に書くこと自体が成果とならなくても、発信する力として自らの成果を世に知らしめるために役立ちます。

 これからの世界では、自分が望むだけの生活に必要な成果を上げられるかどうかで、人生の質に差がつくでしょう。そうであるならば、その必要な成果を上げるための力がないなら、それを身に着けるための努力が必要でしょう。こうしている今も努力している人と、そうでない人の差は広がり続けているのですから。