地上を目指しながらもレイヴンは、聞こえてきた謎の声について考えを深めた。

 聞き覚えのある声か否か。動物の声か否か、動物だとして、何の動物の声に似ているか。大人か子どもか、雄か雌か。

 それに被さりマルティコラスのことについての考察も浮かび来る。マルティ。どこにいるのか。誰といるというのか。いつ、どうやってここ地球にやって来たのか。そして何故、それが本当なのだとしたら、今回この任務に彼の名前が含まれていなかったのか。

 一体、どこに答えがある?

「あっ」突如叫んだのはコスだった。

 レイヴンははっと身をすくませた。

「あいつらだ」キオスも続けて叫ぶ。

「え?」レイヴンは収容籠に困惑の目を向けた。「どうした?」

「はっ、あいつらか」オリュクスまでが、嘲笑めいた笑い声を交えて言う。

「あいつらって?」レイヴンは一人、きょとんとしていた。

「ほら、あそこを見て」コスがレイヴンに地上をさし示す。「あいつらがいる」

「ん?」レイヴンは示された方──地上を見下ろした。

 薄茶色の毛を持つ、小柄な動物が数匹そこにいて、こちらを見上げていた。

 小さな体躯、それに比し大きく張り出た耳、鋭利な思考能力であることを匂わせる丸くて真っ黒な瞳。フェネックギツネだ。

 さっきの声はこの者たちか? どうだろう……

 レイヴンは疑いながらも、まずは話してみた方がいいと判断した。

「レイヴン、大丈夫?」不意にキオスが訊く。「イヌ科って、駄目なんだよね?」

「え」レイヴンは地上より見上げてくる動物から収容籠に視線を映した。「ああ……まあ、フェネックギツネは、その、人間と密にコンタクトを取ることがないから……彼らならまだ、接近しても問題はないよ」微笑んで答え、安心させようとする。

「近づく……のは」コスが声を潜める。「どうかな」

「え?」レイヴンは訊き返したが、その時すでに彼は降下を始めていたのだ。「君たち、彼らと何か、あったのかい?」

「レイヴン!」キオスが叫ぶ。

「くそっ、やっぱり!」コスも口惜しそうに大声を挙げる。

「おっ」オリュクスも流石に驚いたようだ。

 なにしろ、それまでじっとこちらを見ているだけだったフェネックギツネたちがいきなり立ち上がりまた飛び上がり、その内の一頭が降下してくるレイヴンをばくりと咥え込んだからだ。

「えっ」レイヴンはフェネックギツネの口の中で問うた。「何?」

「やろう、吐き出せ」くぐもった怒鳴り声が聞こえてくる。コスだ。

「何するんだ、レイヴンは虫じゃないぞ」キオスも大声で抗議している。

 ああ、皆に心配させてしまって申し訳ないな。そう思い至った時点でレイヴンは『いつもの脱出法』を実行し始めた。今回はまだ口腔内に留まっているから、そんなに大量の物質は必要ないだろう。そう、ただちょっと、ほんの少しだけ──

 彼は自らのコドンを操作し、タンパク質を作らせてばらまいた。ちょっと苦い思いを味わってくれ、すまないけど。

 ガハッ

 予測通り、レイヴンを食ったフェネックギツネは大きな口を開け咳込んだ。よし、これで外に出て行けるぞ──

 ギャンッ

 その時さらなる悲鳴が上がり、フェネックギツネはもんどりうって地面に転がった。

 レイヴンは自ら出て行かずとも、フェネックギツネの体が吹っ飛ばされたことにより再び大気の中に戻ることができたのだ。

「レイヴン!」収容籠は、レイヴンとの接触が切断されたことを検知し空へ昇って行き始めたが、動物たちがその中からレイヴンの感受帯に最大出力の信号を送ってくる。

「大丈夫だ、心配するな」レイヴンもすぐに返事をし、急上昇を開始する。

 昇って行きながらも下を振り返ると、フェネックギツネたちは巣穴に潜り込んだようで一頭たりともそこに残っていなかった。

 一体、誰が攻撃をしかけたんだ? その自問に対してはすぐに『ルルー』という、先ほど別れたばかりのギルド員の名が自答された。

 しかし、上を見ても先ほどの、趣味の悪い地球産植物型構造物は見当たらない。彼は本当に、完全に立ち去ってしまったのかも知れない。

 そうかといって、レイヴンと共にいる三頭の動物たちがやったわけでもない。彼らは自分たちだけの力で収容籠から出ることも、再びその中に入ることも──この短い時間の中ではできないはずだ。申し訳ないが、それは彼らの安全確保のために必要な措置だ。

 でも、じゃあ誰が──

「仲間割れだよ」コスが答えをくれた。「あいつら、血も涙もないんだ」

「仲間割れ?」レイヴンは驚いて訊き返した。「つまりぼくを食ったのとは別のフェネックギツネが、ぼくを食ったフェネックギツネを攻撃したっていうのか?」

「そう見えたよ、ぼくにも」キオスが証言する。「レイヴンを取られたから、口惜しまぎれにぶつかっていったんだと思う」

「レイヴンをつかまえて、何か調べるつもりだったんじゃないの」オリュクスが考えを述べた──彼にしては珍しく。

「調べる? って、何を?」レイヴンはまたしても驚いた。「てっきり腹が減ってぼくを食ったんだと思ってた」

「腹が減ったんなら、ネズミとかトカゲとか、せめて昆虫を狙うよ」コスが意見を言う。「もしかして、さっきのギルドが言ってたことに関係あるのかな」

──」レイヴンは思考脂質帯を整理しなければならなかった。「つまり……」

「ぼくたちを、敵なのか味方なのか調べようとしたってこと?」キオスが代わりに言う。

「戦うっていうんなら、ぼくは負けないけどね」オリュクスが、彼本来のあまり深層までには至らない考察、つまり思い付いたままのことを口にする。

「ううん……やはり、警戒しながらも、彼らに一度話を聞いてみた方がいいのかも知れないな」レイヴンはゆっくりと心を定めた。

「危ないよ」コスが警告する。「あいつら、話す前に攻撃してくるから」

「そう」キオスも同調する。「縄張り意識も強くて、下手に近づくとあっと言う間にかみつかれちゃうよ」

「ははは」レイヴンは苦笑するしかなかった。「それは体験済みだよ。死線を超えてきたぼくがね」

 とはいえ、まず何から聞けばよいのか──

 レイヴンは、時間が経つにつれ自分の困惑と焦燥と不安と混乱が複雑に絡み付き合いながら天高く積み上げられていくのをなす術もなく感知していた。