日本神話における天孫降臨神話の話について。 古代中東の神話である旧約聖書の話との近似性を示すものとして、高天原という地名について教えて。
(初期の回答一部省略)
(1)「タカマガハラ」 と 「タッガーマハッラーン」
トルコのハッラーン(Harran)は、シリア国境近くのシャンルウルファ県に位置する、5,000年以上の歴史を持つ世界最古の定住地の一つです。旧約聖書のアブラハムが滞在した地として知られ、円錐形の「蜂の巣状(ビーハイヴ)」泥レンガの家々や、古代の大学跡、城壁の遺跡が残る歴史的観光地です。
古代においては、この地の呼び名でタッガーマというのが有りました。
「タッガーマ」という名称は、古代の記録に「ティガルマ(Til-Garimmu / Tegarama)」という名で登場します。ハッラーンのある上メソポタミア(現在のトルコ南東部からシリア北部)に関連して、歴史的・地理的に以下の背景があります。
1. 「ティガルマ(Tegarama)」とは古代アッシリアやヒッタイトの碑文、およびウガリットの文書に登場する都市、あるいは地方の名前です。
場所: 現在のトルコのアナトリア地方東部、特にマラティヤ(Malatya)付近、あるいはグルン(Gürün)周辺を指すとされることが多いです。
(ハッラーンとの関係: ハッラーンそのものを指す言葉ではありませんが、ハッラーンから北西に位置する同じ北メソポタミア・アナトリア圏の重要な拠点でした。古代の交易ルート(カネシュからハッラーンへ続く道など)において、この一帯の地名として認識されていました。)
2. 聖書における「トガルマ(Togarmah)」
旧約聖書(創世記10章など)の「諸国民の系図」に登場するトガルマは、この古代の「ティガルマ(タッガーマ)」を指していると考えられています。エゼキエル書では、トガルマは「北の果て」から馬や騾馬を連れてきて交易を行う民として描かれています。
(ハッラーンも聖書の族長アブラハムゆかりの地であるため、聖書地理の文脈ではタッガーマ(トガルマ)とハッラーンは同じ広域エリア(アラム・ナハライム地方など)の一部として語られることがあります。)
3. 言葉の響きの変化
古代の粘土板に記された楔形文字の翻字によって、「タッガーマ」「テガラマ」「ティガルマ」など、表記に揺れが生じます。
結論として:「タッガーマ(ティガルマ)」という地方名は確かに存在しました。
(ハッラーンそのものの別名ではありませんが、古代においてハッラーンの近隣(北西方向)に位置した重要な地方・都市の名前です。)
(2)アブラハムとハッラーンの関係
聖書の記述によれば、アブラハムの一族は以下のような行程を辿りました。
ウルの出発: アブラハム(当時はアブラム)とその父テラの一行は、もともと南部メソポタミアの「カルデアのウル」に住んでいました。
ハッラーンでの定住: 彼らはカナン(現在のパレスチナ付近)を目指して旅立ちましたが、その途上にある北部のハッラーンに到着し、そこに住み着きました。
父テラの死と召命: アブラハムは父テラがハッラーンで亡くなるまでこの地に留まりました。父の死後、彼は神からの「あなたの生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい」という召命を受け、ハッラーンからカナンへと旅立ちました。
故郷としてのハッラーン: 聖書の記述では、アブラハム自身がハッラーンを「わたしの親族がいる地」あるいは「故郷」のように扱っている場面があります。例えば、息子イサクの嫁を探す際、ハッラーンのある地方(パダン・アラム)へ僕を遣わしています。
(3)アブラハムとタッガーマ(トガルマ)の関係
「タッガーマ」という名称が指す「トガルマ」は、聖書においてアブラハムの親族関係や、彼らが活動した北メソポタミア〜アナトリア東部の地理的文脈に登場します。
一族の広がり: 「トガルマ」はノアの息子ヤフェトの孫にあたります。アブラハム自身はセムの系統ですが、彼らの一族が定住したハッラーン周辺は、トガルマの子孫(テガラマ地方の民)と交流や交易があった地域です。
交易の要衝: 聖書のエゼキエル書(27:23-24)では、ハッラーンとトガルマ(タッガーマ)は、共にタイヤ(フェニキアの都市)と交易を行う重要な商業拠点として並べて語られています。
結論
アブラハムにとって、ハッラーンは「ウルを離れた後の第二の故郷」であり、神の約束の地へ向かうための「出発点」でした。そして、そのハッラーンを含む広域エリア(パダン・アラム地方)の北西に位置していたのが、古代史や聖書で語られるタッガーマ(トガルマ)地方です。
ハッラーンの主な特徴と観光ポイント
〇伝統的なビーハイヴ・ハウス: 木材を使わず、泥レンガを積み上げて造られた円錐形の家。夏は涼しく、冬は暖かい構造で、現在は観光用として内部を見学したり、民族衣装を着て撮影したりできます。
〇古代の歴史: メソポタミアの貿易の要衝であり、月の神シン(Sin)の信仰の中心地でした。
〇世界最古の大学(跡): 8世紀から13世紀にかけて機能した「ハッラーン大学」の遺跡が残っており、イスラム黄金時代に学問の中心地として栄えました。
〇カルラエの戦い: ローマ軍とパルティア軍が激突したカルラエの戦いの舞台でもあります。
〇アクセス: シャンルウルファ(ウルファ)市街から南東に約40〜50kmに位置します。現在、この地は現代の市街地と古代の遺跡が混在しており、中東の歴史を伝える重要な文化遺産となっています。
(参考になるサイト)
Harran - WikipediaHarran. Article · Talk. Language; Loading… Download PDF; Wat...Wikipedia
Harran, Turkey: Ancient City of Abraham - Rick Steves' Europe ...Harran is an ancient city in Turkey where Abraham settled on...2:21YouTube·Rick Steves' Europe
個人旅行編Ⅰ⑮ハランHarran | 日本トルコ交流支援 ミーラインシャンルウルファの近くにある考古遺跡が多く残る都市ハラン(Harran)へ. 広大な大地の真ん中に集落が見えてきます。 ...mirayin.orgすべて表示