昨日、今月の真菅教室の時間を使っての野外講習、宗我都比古神社での舞奉納について書きましたが、その続きです。

 
いったん、教室会場に帰ったあと着替えて天香山神社に行くことにしました。
 
波波迦の木の花が咲いていると聞いたからですが、着いてみると、残念ながら満開の時を過ぎて、花の色が変わってしまっていました。
 
 
 
ブラシのよいな波波迦の木の花。
本来なら、真っ白に見えるのです。
一昨年は綺麗だった。
 
でも初めて見た他の皆は感動してくれました。なかなか本物が咲いているところを見ることは出来ませんから。
 
 
 

こちら、拝殿の奥に詣らせていただき(結界の中に入らないようにしているのはもちろんです)
そこでも舞の奉納をさせていただきました。
 
そしてそれぞれが自分の中にはいるうち、鈴台与さんが、「歌いたくなったので」と以前に私がメッセージを受けて詞を書きて曲も出来たあと、鈴台与さんがアレンジした歌を歌ってくれた時、
一際大きな風が吹き渡りました。
 
全員が、風で応えていただいた
と感じた瞬間でした。
 
そのように充分に天香山神社のご神氣を感じたあとそれぞれに2の鳥居をくぐって帰りましたが、その時にまた、太陽が応えてくれたので、写真をアップしておきます。
 
まるで太陽につづくゲートのよう

まずはふうみさんがくぐって、
 
 
 
続いて加藤さん
 
 
だんだんと
 
太陽が
 
大きく、
 
本当に大きくなりました。
 
 
最後は私の記念写真。
鈴台与さん写してくれてありがとう。
 
 


こんな今月の講習となりました。
 
かぐらサイズ教室は、
神楽の参らせてから生まれたメンタル&ボディのエクササイズで、さまざまなワークを通じて丹田を強化し中心軸を整え、生命エネルギーをチャージするのが目的で、巫女舞の教室ではありません。
 
でも、各ワークが東伯先生から始まった太礼神楽から出来ているため、ワークを組み合わせると舞えるようになってきます。
 
かぐらサイズ教室で基礎として練習する十字舞、マニユラの2つの舞を今回も連舞として宗我都比古神社でも舞いました。みんなが揃うとまた美しいのです。
 
私たちのクラスでは、祭礼神楽である太礼神楽の領域にはなかなか到達できませんが、それまでの道のりの舞を、風の時代の「風の舞」として練習していくことのお許しをいただきましたので、これからも、外に出て風の舞の実地練舞をしていきたいと思います。  
 
一緒に舞いませんか?
 

 

今日の真菅教室では、前半に会場で基礎運動、舞の練習をしたあと、いつもお世話になったいるこの地の氏神様、宗我都比古神社にご挨拶に出かけ、舞を奉納させていただきました。

 

大きな日輪が、私たちの舞を見守ってくれました。

 
 
いつもは閉じられているお社も、開いていて私たちを待っていてくれました。
 
 
 
 
 
 
 
そして、
十字舞、聖十字舞、まにゆら、円玉舞、羽衣舞、を奉納したあと、各自自由な風の舞を楽しく舞うことが出来ました。  
 
 
 


 
 

 
 
聖十字舞の後の、大地への十字の刻印
 

 
そして太陽も、十字の光を放って応えてくれました。
 

 
神社の後ろにまわるとまた違った氣が。
 
 
 
 
後ろからのぞめる本殿。
  
 
また違った太陽のエネルギー
 
ここでは、各自、聖太陽十字印のあと、心地よく瞑想。

 
稲荷神社も今日は開いていました。
 
 
 
 
ますます日輪が輝いてくれて、私たちの舞を喜んでいただけたサインのようでした。
 
そして ははかの木の花が咲いていると聞いた天香久山の天香山神社に向かいました。
 
続く
 

 

先日、京都四条の「龍華の会」のオフィスで、かぐらサイズのミーティングがありました。

信州上田の桃月庵の庵主である晴美さんも参加してくれて、これからのかぐらサイズ教室についてなど、皆で検討し、意見を出し合いました。

けれど、昨年の同時期のように、コロナ禍の影響は無視出来ません。さまざまな企画を考えるにも、人が集まってはいけない、、、この大きな足枷を逆にメリットにしていくには?

そこで、コロナ禍を「風の時代」の象徴と受け取り、もともと「物持てば苦しむぞ」とある「土公みことのり」からなる太礼神楽の(しかも始まりは、先だってに書いたように風の舞)舞について東伯先生が講義してくださいました。


かぐらサイズ初級から中級の教室で練習する十字舞は、丹田を鍛える為の基礎練習を兼ねるものであり、この舞は、丹舞として、ぐーーと下へ。

その動きで筋力をつけることも目的で、大地にしっかりと立つ舞である。上級の聖十字舞では大地に十字の刻印をする。この基礎となるのが、ユラフル操法でありマニボディエクササイズと位置付けたものである。

その丹舞から、身体に氣を通す段階になると、重さのない軽い、ふわあとした風の時代の風の舞に入ってくる。

そして、太礼神楽は、玄舞として、見えない世界を映して舞う段階である。

風の時代とは魂の時代、風とは神の息でもある。
神の息こそ、氣。見えない世界を感得していく新しい時代である。



短い時間でしたが、久々の東伯先生の講義でした。それが、どしんと私の中に入り、ふわあと気持ち良さに包まれました。

玄舞を舞うには、まだまだ程遠い私ですが、

風の時代の、このエネルギー変化の流れの助けも得て、教室の皆さんとともに風の舞を進んでいきたいと思っています







太礼道神楽伎流15年間を振り返る その3

 
時があいてしまいましたが、書きたい時に書こうと思っているため、ゆっくりながら、そして順不同ながら今年は太礼神楽と私のこれまでを振り返っていきたいと思っています。
 
太礼神楽の講習が始まって足掛け3年目の2008年、伊勢にて講習を開きました。
 
この時に特別参加してくださったのが、後の丹後新崎神社での神楽祭礼「龍王の祝祭」にて私と共に舞ってくださったHさんでした。
 
舞について褒めると、「私はねえ、もう四半世紀も舞っているのよ」とさらりと言われる舞踏のプロでもあるHさんと、神楽始めて2年目の私、よく共に舞ってくださったものだと思います。
 
そんなHさんと、伊勢講習の後、2人だけでバス・電車を乗り継いで、鈴鹿の椿大神社にようようたどり着き、ウズメ社の前で初めて2人で舞いました。
 
人払いされたように誰もいなくなったウズメ社の前で、私がHさんに気を合わせると、誘われるように体が動きました。
 
その後、2人でお社脇の小道を歩いたのですが、その頃には夕闇が迫っていて、庵の灯りがぼーとかすんで見えました。
 
それを見たHさんが
「あの灯のように、沙羅葉さんはあの世とこの世をつなぐ人になるのよ」と言いました。
 
あたりはますます幽玄になり、私にはHさんの言葉が彼女から本当に出たのかもわからないくらいにぼんやりとした恍惚感の中にいたのを覚えています。
 
そんな夢のような鈴鹿から家に戻った私は、家の庭に大輪の白い椿の花が咲いているのをみつけました。
 
庭の隅にある低木のこの椿は、この時まで咲いたことがなかったのです。
 
その後、この椿は毎年数輪の花を開きます。今年は5輪ほどの蕾をつけて、2週間ほど早く花開きました。
 
Hさんは丹後の祭礼のあと、自分の仕事と舞踏に専念され、私と再び2人だけでどこかに参拝する機会はありませんでした。
 
今年も我が家の庭で開いた白い椿の花。この花を見ると、ウズメ社での舞と、あの夕闇に浮かぶ庵の灯りを思い出す私です。
 

 

昨日は、桜井会場でのかぐらサイズ教室でした。

 
私自身が、1月、2月、3月と毎月、さまざまな出来事や変化があったので、受講の皆さんにも最近の様子を聞いてみました。
 
いきなり質問すると、
 
すぐには、具体的には上がってはこず
 
「特に、、、」「まあ、いろありますけど、、」とかの返答だったのですが、
 
「私にはないけど、子供には、、、」
との答えが出た方がいました。そう、家族の変化は自分の変化と同じですよね。
 
ワークの練習による変化としては、長年の腰痛が、このところ感じなくなってきたという人もいました。
 
私の質問は大きくバクっとしたものだったので、どんな返答をくれても良かったのですが、
 
変化に対しても、注意をしていなくては日常に紛れて気づかないことが通常です。
 
悩みの中にはまってしまっては、それが日常になって、特に変化なし、、、と感じてしまっている、、、
 
それも感性の凝り固まりの弊害になってしまうことも多いので、身体の凝りを解すと同時に、身体への「無関心」をなくし、それと同時に心の領域の柔軟性を作っていく意識が大切でしょう。
 
今回はそこから「生きる」ことの意味まで話をすすめることが出来て、有意義な講習が出来たのは、しっとりと三輪山を濡らす春の雨の中だったからかもしれません。深いところまで話がすすみました。
 
その後、今回の特別ワークとして、全員で気合わせして行う聖太陽十字印を1人は瞑観しながら中心で感じてみるというワークをしたところ、それぞれに極上のエネルギーの体感があったようです。
 
今回も、よいお稽古になりました。
 

聖太陽十字印は、
 
太陽のエネルギーを自らの中心軸を通した上で丹田に受け入れ、それをハートからあまねく大地に分け与え陰陽合体させたあと、天地をつなぐ太礼神楽独自の印です。