東京でたいそう気に入っていた新宿・十二社温泉が閉鎖されて以来、私の東京温泉ライフは非常につまらないものになってしまったのである。
そんな失意のどん底にいた私に、とある情報が舞い込んできたのである。
私が東京の根城としている五反田・ゆうぽうとからさほど遠くない東急目黒線・武蔵小山駅の近くに、『清水湯』または『武蔵小山温泉』と呼ばれる銭湯があり、そこには東京名物である黒湯と食塩泉という2種類の泉質の温泉が湧いているというのである。
うちの温泉好きの大門カウンセラーがわざわざ訪ねていったところ、あまりの気持ちよさに半日いたというのである。
なにごとにも大げさな大門カウンセラーであるからして、話半分に聞きながらも、よい温泉と聞いたら一度は行かないと気がすまないのである。
そこで、とある9月の土曜日‥‥この日は午後1時からボランティア・カウンセラーの研修会があったのだが、「たしか、週末は朝の8時ぐらいから開いているはず」という大門カウンセラーからの情報にもとづき、その温泉に行ってみようと決意した次第なのである。
ところが、である。
104でどう調べても、『清水湯』も『武蔵小山温泉』も電話番号登録がないのである。
こんなとき、ふつうのみなさんであれば、ネット検索をしてすぐわかるのであろうが、私はまったく使えないのでどうしようもないのである。
そこで、こういうときにいつも使う例の手を使うことにしたのである。
いつも使う例の手とは、「場所がわからないときは、タクシー運転手に聞け!」なのである。
ということで、土曜日の朝9時過ぎ、ゆうぽうと前でタクシーに乗り込み、運転手に聞いたところ、「ああ、それ、わかりますよ」とあっさり判明。
約5分後にはもう『清水湯』の真ん前に着いていたのである。
ところが、である。
閉まっているのである。
「おのれ、大門っ。またまたいいかげんな情報を‥‥!」
しかしながら、大門カウンセラーが私に適当なことを言ったわけではなく、どうやら日曜日は朝から開いているようなのである。
土曜日は平日扱いで、昼の12時オープンらしいのである。
しかしながら、せっかく来たのだからして、どうしても入りたい。
そこで、昼の12時オープンとともに入浴し、12時半には出て、またタクシーで帰ろう、さすれば、1時からの講座には間に合うであろうと考え、「なんとしてでも入浴する!」という決意を固めたのである。
しかし、いまは午前9時10分、オープンまで3時間弱もあるのである。
そこで、することがなにもない私は思いついたのである。
「散歩をしてみよう」
ふだんから私は、わがキャラクターともいえるこの巨体を維持するために、並々ならぬ努力を積んでいるのである。
「2階に上がるにも、階段はけっして使わない」
「駅ではおじいちゃんやおばあちゃんに混じり、エレベーターで改札階まで上がる」
「目の前に見えているところでも、タクシーを使う」
この体型は、涙ぐましいほどの努力の結晶なのである。
だからして、散歩をするなどという習慣は、私にはまったくないのである。
だからして、正しい散歩の仕方がどういうものなのかはわからねど、とりあえず、テレビで観たことのある『ちい散歩』を参考に、この町を歩いてみようと思ったのである。
ちなみに、『ちい散歩』とは、地井武雄がいろんな町を散歩しながら、その町の人々とふれあうという番組なのである。
しかしながら、実際、マネてみようと試みたところ、私のような散歩初心者には、あの番組はまったく参考にならないことがすぐに判明したのである。
テレビでは、地井武雄が肉屋のおじさんに、「よう、おじさん、元気そうだねぇ」などと言いながら近づいていって、親しげにしゃべったりするのであるが、仮に私がそんなことを言いながら肉屋のおじさんに近づいていっても、きっと怪訝そうな顔をされるばかりで、ヘタをすれば通報されかねないであろう。
さらに地井武雄の場合、「おばちゃん、これ、ウマそうだねぇ」と言うだけで、「食べてくかい?」などと、いろんな店でいろんなものをもらっているのであるが、私がそんなことを言ったところで、「じゃあ、買ってって」と言われるだけで、だれもなにもくれそうにないのである。
しかしながら、ウロウロしてみると、この武蔵小山という町にはアーケードつきの大きな商店街があり、意外と楽しめるのである。
そして、発見したことなのであるが、この町には携帯電話屋さんとマッサージ屋さんがとても多いのである。
ただただそれだけなのであるが、とにかく、運動不足の解消を兼ねて、散歩をしては疲れ、疲れては喫茶店で休み、休んではまた散歩をし、ということを繰り返しながら、昼の12時までつぶしたのである。
その後、急いで温泉に入ったのだが、ぜんぜんゆっくりとはできず、あわただしく昼の講座に向かったのであった。
きょうの教訓。
やはり、散歩はあまり楽しくなかった。