鶏が先か?🐔 卵が先か🥚?

この問題に答えは無い。
、、というかむしろ答えを求めてはいけないものだと、、思う。

ただ、そのようなことは結構いっぱいあるし、
暮らしの中で、様々な場面で出会うものである。

例えば、私は仕事柄よく聞かれるのだが、

塾長はやっぱり子供が好きだからこの仕事を始めたんですよね?

、、、この問いに対する答えは、No!だ。

きっと翌日炎上するだろうが、No!だ。

決して嫌いというわけではないが、
とりわけ子供が好きだからこの仕事を始めたというわけではない。

どちらかといえば、この仕事をしているうちに、ほぼ毎日、子供たちの色んな姿に触れ、
子供たちのことを好きになった
というのが正解である。

例えば、このような例もあるだろう。

僕は勉強が好きじゃない。
好きじゃないからやらないし、
やらないからできるようにならない。
できるようにならないからテストでいい点数が取れないし、いい点数が取れないからママに怒られる。ママに怒られるから勉強が嫌いだし、、
あ!、、、一周回った。
話が一周回ったのだ。

つまりは、全ては関わり合っていて、
因果関係があって繋がりあっているのだ。
それぞれに順番がハッキリしているものもあれば、その前後関係が曖昧なものや、どっちにも思えるようなものも数多く存在する。

、、であるならば!

このようには考えられないだろうか?

僕は勉強が嫌いだ!
だから、むしろ勉強する。
本当は自分のやりたい教科だけやりたいようにやりたい!でも、それだと結果に繋がらないことは今まで散々証明されてしまっているから、、
本当は嫌だけど、塾の先生の言うようにやった。
一つ一つのやり方は、僕がこれまでやってきたそれらと全く持って正反対のものだけれども、
何故だか、そのやり方を続けているうちに、
そのやり方で始めてからおよそ3ヶ月後に効果が表れ始めた。効果が出始めたのだ!

最初はなんでそんなことをするのだろう?意味不明だ!などと疑念をいだいてそれに取り組んだとしても、意味もわからず取り組んでいるうちに点数に結びつき、その後も先生の指示に従ってやっているうちにできるようになってきた。

笑っているうちに楽しくなってくる、だとか、
目を瞑っているうちに眠くなる、、みたいな、
逆転の発想を持ったらどうだろう?
勉強において。

例えば、言葉ひとつとってもそう!
嘘だっていいから、
勉強なんか嫌いだからこそ、
「勉強が好きだーっ!」なんて叫んでみてはいかがだろうか?
そうしているうちに本当に好きになったような気がして、いろんなことがうまくまわり始めるようになるのだ。

思ってもいないことを複数回も連呼しているうちに脳味噌🧠が勘違いをして、好きになったような気がして、何故だか自身まで生まれてしまったりするものである。

さぁ!今日から実践しよう!!
逆転の発想法。