アイコンを変えてみた。




どう?

などと書く。書いてから、少し恥ずかしくなる。
画像を一枚替えただけである。それなら黙って替えていればよいのに、
わざわざ「どう?」などと書く。
褒めてほしいと言うほどの勇気もなく、
褒めなくていいと言えるほどの潔さもない。
つまり私は、いつもこのあたりで、もじもじしているのである。

ところで、最近アメブロに広告がついた。

ついた、というより、文章の前に立っている。
こちらは記事を読みに来たのであって、
広告に挨拶しに来たわけではない。

五秒くらいなら、まだよい。
無料で読んでいるのだから、こちらにも分別はある。
しかし数十秒は長い。しかも二回に一回くらい出る。
五十パーセントである。

私のくじ運は悪いくせに、
こういうものだけはよく当たる。
まったく、ありがたくない才能である。

そんなに長いなら、アプリを一度閉じて、
また開き直したほうが早い。実際、そうする。
見終わったと思うと、またページが飛ぶ。
戻ろうとすると、またどこかへ連れて行かれる。
私はただ、文章を読みたかっただけである。

広告主に得はあるのだろうか。
名前は覚える。たしかに覚える。
けれども、それはいい名前としてではない。
ああ、あの長いやつか。
そう思われるためにお金を出すのは、
なかなか気の毒な話である。

もちろん、運営には収入が入る。
そこだけは美味しいのだろう。
けれども、その美味しさのために読者が離れたら、
結局どうなるのか。

読者が離れれば、無料で書いている人も、
そのうち書かなくなる。
読まれない場所に、
人は長く言葉を置いておけない。

アメブロをやめたくなる。

大げさな怒りではない。
うんざりする。面倒になる。
次に開くのを、少しためらう。
人が離れていく時というのは、
案外そういうものだと思う。