最近さ、爆サイにめちゃくちゃ長い書き込みあるじゃん?
あれ、たぶんAIに書かせてるよね。
内容はまあ……置いとくとして、
その発想自体はちょっと面白いと思ったんだよ。
だから俺も真似して、
夏目〇石に「タイマッサージ依存性」について執筆してもらった。
面白いかは知らないけど、
AI、意外とやるじゃん。
ちょっと長いから、
文学に興味があって時間のある人は読んでみて。
全ての文書はAIです。
夏目〇石/不健全なタイマッサージ依存性について
細い通りの向こうに、白い看板が見えた。
タイマッサージ。
そこには、そう書いてあった。
先生はその字を見ると、急に口をつぐんだ。
私は初め、それを先生の潔癖から来る嫌悪だと思った。
しかし先生の横顔には、世間の汚れを外から憎む人の冷たさはなかった。
むしろ、自分の内に畳んでおいたものを、
不意に人前へ出された者のような、
深い狼狽があった。
「先生は、ああいう所がお嫌いなのですか」
先生はすぐには答えなかった。
ややあってから、先生は低い声で言った。
「嫌いなのではない。あの字を見ると、
私は私を避けて通る事ができなくなるのだ」
私は黙った。
先生はさらに続けた。
「性欲を自制出来ないものは馬鹿だ」
その言葉は、私に向けられたものであった。
しかし私には、その言葉が、
先生自身の胸の奥で一度深く沈んでから、
ようやくこちらへ出て来たもののように聞こえた。
その時の私は、
先生がなぜそのような厳しい言葉を、
ほとんど自分を責めるような調子で言ったのか、
まだ知らなかった。
先生の死後、
私の手もとに残された長い手紙を読んで、
私は初めて、あの日の先生の言葉が、
ただ私を戒めるためのものではなかったことを知った。
手紙は、こう始まっていた。
私は、すべてのタイマッサージを汚れたものとして書くのではない。
世には、正しく人の身体を扱い、
まじめに働いている店も人もある。
私がここに書くのは、そういう場所のことではない。
私が書くのは、表には療治の顔を掲げながら、
奥では昼の言葉で呼びにくいものをしまっている、
一部の暗い店のことである。
そして、それ以上に、
その暗さを知りながら、
知らないふりをして入って行った私自身のことである。
私には、タイ魔王という友があった。
タイ魔王はある晩、
平生の彼には似合わない低い声で、
胸の奥に畳んでいたものを私の前へ置いた。
「ああいう場所へ行く者を、私は軽蔑している」
彼はそこで言葉を切った。
「しかし、その軽蔑しているものへ、
自分の心が寄って行く時がある。
それが私には堪えられない」
私は黙っていた。
その沈黙は友情ではなかった。
理解でもなかった。
彼を救うためのものでもなかった。
私は彼の苦しみを見た。
そして、見たというだけで、
自分はまだ彼より清い所にいると思った。
私の罪は、すでにその時始まっていた。
彼は、自分の弱さを、
弱さとして私の前へ置いたのである。
私はそれを受け取らなかった。
私はそれを見下した。
そして幾日も経たぬうちに、
私はその白い看板の前に立った。
タイマッサージ。
私は疲れていたのではない。
疲れという言葉を借りていただけである。
身体を休めに行ったのでもない。
身体という名を借りて、
もっと低いものをそこへ持って行ったのである。
そこには、遠い南の国から来た女がいた。
私はその女の本当の名を知らなかった。
店で呼ばれる名はあった。
しかしそれは名というより、
この国の夜に置かれた札のようであった。
女の日本語は短かった。
その短さの中には、
覚えたての言葉の頼りなさだけではない、
もう多くを説明することを諦めた者の沈黙があった。
部屋の隅には、小さな鞄があった。
帰るための鞄ではなかった。
いつでもどこかへ移される者の鞄であった。
私はその鞄を見た。
見たが、見なかったことにした。
彼女がどんな家から来たのか。
誰に金を送っているのか。
誰に借りを負わされたのか。
何を信じて日本へ来たのか。
いつから、自分の身体を、
この狭い部屋の中で値のつくものとして扱うようになったのか。
私は何も問わなかった。
問えば、私の欲はただの欲では済まなくなるからである。
私は女を見なかった。
女の国を見なかった。
女の生活を見なかった。
女の疲れを見なかった。
女がそこへ沈むまでの道を見なかった。
私が見たのは、
私に都合のよい近さだけであった。
それは恋ではなかった。
慰めでもなかった。
人間同士の温かさでもなかった。
金で閉じられた短い時間であった。
女の沈黙の上に、
私の性の欲だけを置きに行く行為であった。
私は性の欲に負けた。
しかし私を本当に苦しめたのは、
欲に負けたことだけではなかった。
私はその欲を欲と呼ばなかった。
疲れと呼んだ。
身体の重さと呼んだ。
心の乱れと呼んだ。
タイマッサージと呼んだ。
私は自分の卑しさに、
穏やかな名を与えようとしたのである。
タイ魔王は、
自分の弱さを私の前に置いた。
私はそれを受け取らなかった。
私はそれを見下した。
そのうえで、
彼が恐れて口にした暗がりへ、
私は自分の足で降りて行った。
彼の告白は、本来なら私を止めるはずであった。
しかし私はその告白によって、
かえって暗がりの方角を知った。
私は彼の苦しみを、
私の欲の道しるべにしたのである。
これが私の裏切りであった。
一度なら、過ちという言葉もあったであろう。
しかし私はまた行った。
二度目からは、過ちではない。
それは私の選んだ繰り返しであった。
行かぬつもりで家を出ながら、
胸の中では、すでに行くための言葉が並んでいた。
眠れない。
身体が重い。
少し歩けば気が晴れる。
今日だけである。
それらは私を止める言葉ではなかった。
私を入口まで通すための、
粗末な手形であった。
自由と独立と己れとに充満した現代の我々は、
この淋しさを味わわなければならない。
私はかつて、そう考えた。
しかし私の淋しさは、
高い思想の形をしてはいなかった。
誰にも命じられていない。
誰にも引かれていない。
それでも私は、自分の足であの白い字へ近づいた。
この自由は、私を清くしなかった。
ただ、私の卑しさの責任を、
誰にも分けられないものとして、
私の胸へ返して来ただけである。
依存とは、快楽が強くなることではない。
快楽はむしろ薄くなった。
薄くなっているのに戻る。
恥じながら戻る。
嫌悪しながら戻る。
タイ魔王の声を聞きながら、
その声を踏んで戻る。
そこに私の苦しみがあった。
私は店へ通っていたのではない。
私はそのたびに、
タイ魔王が自分の弱さを私の前に置いた、
あの夜へ戻っていたのである。
そして戻るたびに、
もう一度彼を裏切っていたのである。
女の顔もまた、私を離れなかった。
それは美しい顔ではなかった。
哀れを誘う顔でもなかった。
もっと底のない顔であった。
泣く力をどこかへ置いて来た者の顔であった。
怒るための言葉を、もう何度も飲み込んだ者の顔であった。
帰る国を持ちながら、帰る道だけを失った者の顔であった。
私はその顔を見ながら、
なお見なかった。
そのことが、私には堪えた。
私はタイ魔王を裏切った。
私は女を見捨てた。
そしてその二つを知りながら、
なお自分を、ただ弱いだけの人間として扱おうとした。
そこが、私にはどうしても許せなかった。
私は罪人であるというより、
卑怯者であった。
罪なら、まだ形がある。
罰なら、まだ受けようもある。
しかし卑怯は、
人の胸の中で形を持たずに腐って行く。
私は、やがて私自身を信用できなくなった。
自分の眼が信用できない。
自分の足が信用できない。
自分の言葉が信用できない。
疲れと言いながら欲へ向かう。
反省と言いながら同じ入口を思い出す。
恥じていると言いながら、
その恥でさえ、自分を少し高く見せるために使う。
私は以前、あなたに言ったことがある。
「私は私自身さえ信用していないのです。
つまり自分で自分が信用出来ないから、
人も信用できないようになっているのです」
その言葉は、その時すでに、
私の胸の中で重くなっていた。
私は人を信用しないのではなかった。
まず自分を信用することができなかったのである。
私はまた、あなたに言った。
「タイマッサージは罪悪ですよ」
けれど、あなたはその言葉を、
ただタイマッサージという場所へ向けられたものとして
受け取ってはならない。
私が罪悪と呼んだものは、
その白い字そのものではない。
その字の下へ、
自分の卑しさを隠そうとする心である。
自分の性の欲を、
疲れや淋しさの衣で包み、
なお自分だけは清い側にいると思いたがる心である。
私を滅ぼしたものは、店ではない。
女でもない。
夜でもない。
タイ魔王を見下した私である。
タイ魔王の苦しみを利用した私である。
女の闇を見ないことにした私である。
性の欲に負けながら、
なお自分だけは清い側にいると思いたがった私である。
私はその私を、
もう連れて歩くことができない。
後になって、君が私の過去を思い出して、
そこに何かしらの教訓を得てくれるなら、
それ以上嬉しいことはない。
しかし、私の過去を、
きれいな教訓として受け取らないでほしい。
そこにあるのは、立派な悔悟ではない。
人に語れる破滅でもない。
もっと小さい。
もっと湿っている。
もっと見苦しい。
人を見下した者が、
その見下したものより低い所へ落ち、
落ちた後でさえ、
まだ自分を恥じる側の人間だと思いたがった、
その心の浅ましさである。
私はとうとう、
その心を持ったまま明日へ行くことができなくなった。
あの白い看板の字は、
私にとって救いではなかった。
それは、
私が私自身を裏切りに行くための入口であった。
私はその入口を憎んだ。
しかし本当に憎んでいたのは、
入口ではない。
そこへ向かおうとする私の足である。
その足を止められなかった私の心である。
そして今もなお、
止められなかった自分を、
悲しんでいる人間のように書いている、
この最後の卑怯である。
私はもう、私を信じない。
信じられない者を、
これ以上生かしておくこともできない。