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芸術(げいじゅつ、希: η τεχνη、 techné、羅: ars、英: art)とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者とが相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。美術、文芸、音楽、演劇など。


ん?表現者の意志があれば、芸術でしょうか?そして、美術、文芸、音楽、演劇であれば、問題無い?


昔、子供民族舞踊団の企画のお手伝いをさせていただいていました。事務所の社長は、
「うちは、雑技団のようなものを呼ばない。ほとんどが、国をあげた芸術性の高いものだけを選んで、呼んでいる。」

その時は納得していましたが、だんだんわからなくなってきました。


事務所契約である愛知の和太鼓のプロ集団を紹介させていただいたことがありますが、芸術性にかけるということでいきなり却下でした。聞いてみるとそのチームというよりも和太鼓自体だそうです。


和太鼓は、音楽じゃないのか?


あるいは伝統表現は芸術ではないのか?(ただ、和太鼓のプロ集団は、ほとんどが創作チームで伝統面を強調できない面もあります)


別の面から、芸術をのぞいてみます。
私はもともとレクリエーションインストラクラーという資格を持っています。(正確には持ってましたからかな?会費払っていないから)

レクリエーションの世界でも芸術の分野があります。

たとえば、みんなで手作り楽器を作って楽しむとか。楽器でコンサートを開くとか(ただし、うまい下手関係なく)です。


これは、前記の事務所の社長がおっしゃっている芸術ではなく、


表現活動で、楽しいもの


と定義付けれるかもしれません。

ウィキペディア(Wikipedia)の表現に合うのではないでしょうか?


私の活動目標(芸術活動といえるかどうかわかりませんが)を


心から感動できるもの


とおいてます。


我知らず、

涙がほおをつたっていた

というようなものです。


記憶の中では、2回ほどそのような経験があります。

1人は、イタリアオペラ界の重鎮でソプラノ歌手のソロコンサート、そしてボリビアでヒットチャート№1を維持したフォルクローレグループの日本人リーダーのコンサートです。


ソプラノ歌手はかなり晩年で、コンサートが始まる前、近くの音大生らしきグループは
「この人、最近は下手になったんだって。」
と話していました。


フォルクローレの人は、民族音楽に関わっていない時代に縁あってコンサートのお手伝いをしました。


このコンサートは、本当に
本人の意志ではなく、涙がつたっていました。
そして心が喜んでいるのを感じました。


私の企画は、レクリエーションの芸術(比較的安くできる)で多くの人に知っていただき、そして感動の企画につなげられるように努力しています。


皆さんは、芸術についてどうお考えですか?