ノスタルジー。タイ・バンコクの日系デパート、百貨店の撤退の数々
先日、写真のフォルダを整理していたら面白い写真を見つけました。
2012年の写真。私が創業したのが2012年の春。
その年のタイのバンコク、チェンマイなどに何度か訪れた際に撮影したもの。
もう、10年以上経っている訳ですが。その時に利用していたお店。
特に一人の日本人として異国の地であるタイ。首都バンコクの中心部にある日系の百貨店の存在はどこか懐かしくもあり、個人的にも好きな場所でした。
2012年にタイ・バンコクで撮影した写真たち。
今はなき、バンコク伊勢丹。2020年に閉店しました。
こちらは巨大ショッピングモールMBKに入居していたバンコク東急百貨店。2021年に閉店しました。
2012年当時のMBK。その後、リニューアルもされているので現在とは雰囲気が異なります。
変化に伴い新陳代謝が起きるのは当たり前ではありますが。一人の日本人として、日系の百貨店の撤退は少し寂しくもあります。
そういえば、昔、バンコクには「そごう」もあった。X(Twitter)やスレッズなどでもこれらの写真を投稿したところ、返信を頂き思い出しました。
初めてバンコクを訪問したのはうろ覚えですが2002年か2003年頃。大学生の時に友人と二人で行きました。あの時、大学生でアルバイトの時給が自分の経済を成立させていた状態でした。当時、時給に恵まれたアルバイトをしていて1000円少々貰っていました。当時の東京都の最低時給708円でした。当時のタイの人の収入が少なかったことや円高の力もあり、物価の安いバンコクで豪遊できた思い出があります。
しかし豪遊といっても大学生なのでかわいいものです。少し高級なレストランでタイビールを飲みながら北京ダックを食べたり。タイの新鮮なシーフードを食べたり。その時に牡蠣であたったのは、ほろ苦くも懐かしい思い出です。屋台で好きなものを好きなだけ食べたり飲んだり。20年以上前ですね。
時間は流れます。
そして、2020年ごろのバンコク伊勢丹とバンコク東急百貨店の撤退があり。逆に日系のチェーン店などはどんどんタイに展開をしていき。撤退する企業があれば参入する企業もある。それは、バンコクという場所で定点観測したときに、そごう、伊勢丹、東急百貨店などの撤退が観測されたとも言えますが。日本でも百貨店の苦戦は周知の事実ですし。少し前にはスーパーの二大巨頭、ヨーカドーとイオンのうち、ヨーカドーが身売りされたことを見ても、時代の変化を感じずにはいられません。
初めてタイに降り立ちバンコクに足を踏み入れたのは2000年頃。そして2012年は現在の泰国屋を起業、屋号で創業した年です。タイの市場といえば日本車の独壇場でした。しかし2015年頃の段階でタイへ出張時に感じたこととして、韓国車や中国車などの存在感もじわじわと上昇。確か私はそれ以降、コロナ禍などもありタイの地を今のところ踏めていません。
タイにドンキができたり、新しい観光名所、ショッピングモールがオープンしたり。鉄道網が整備されたり。そして、タイを走る車も時代の変化と共に見慣れた日本のメーカーではなく、EVなど日本では馴染みのない車がどんどん増えていくのかもしれません。
昔と異なり日本の国力や豊かさとタイとの差がどんどん縮まっています。もう今や日本人の学生が日本で稼いだバイト代を使って、バンコクで豪遊することは厳しいかもしれません。今ではタイの方が日本への旅行を楽しむことも増えました。格差が縮まっているとも言えますし、日本人が貧しくなったとも言える。タイ人が豊かになったとも言えますし。色々な見方ができます。どのように見方を決めるか。それによって物事を見るかによって、物事の見方、感じ方は180度真逆になるとも言えます。
変化は善か、変化は悪か。善悪ではなく、ただ変化しているだけ。変化とは自然の流れ、自然な現象に過ぎません。
変わるものもありますが、変わらないものもあります。変わる変化を認め楽しみつつも、変わらない部分を、それもまた楽しむ意識。少し昔の写真を見つけて、色々と考えてしまいました。少しだけ昔に思いをはせ、ノスタルジックな雰囲気に浸りつつ。
最後に、何事にも言えるのですが。
物はなくなったり、お店はなくなっても。思い出は消えませんね。心の中で生き続けます。永遠に。




