結局、地元があるって最強のセーフティネットだと思います。
最近、ふとした瞬間に「あぁ、地元があってよかったな」ってしみじみ思うことがあります。
若い頃は「何もない場所だな」とか「若いうちに東京行きたい」なんて思っていたのに、不思議なものですよね。大人になって、少しずつそのありがたみが染みてくるようになりました。
今日は、そんな「地元という場所」への独り言を書いてみようと思います。
都会や仕事場にいると、どうしても「〇〇の仕事をしている自分」とか「誰かの期待に応えなきゃいけない自分」を演じてしまいがちです。それはそれで大事なことなんだろうけど、ずっとそのままだと、いつの間にか心が疲れてきちゃう。
でも、地元に一歩足を踏み入れると、そんな無理してる自分が別人になる感覚があるんです。
昔から変わらない街の匂いや、通学路だった細い道。そこで会う人たちは、私の役職なんて知らないし、興味もない。陸で繋がっていない分なおさらそれを実感できます。
その「何者でもない自分」に戻れる瞬間があるだけで、パンパンに張っていた気持ちがふっと軽くなるんですよね。
なにより、久しぶりに帰ると「あのお店、まだあるんだな」とか「この公園の遊具こんなのだったっけ?」なんて発見があります。
世の中のスピードがどんどん速くなって、新しいものがすぐ古くなっていく中で、「ずっとそこにあるもの」って、それだけで安心感をくれます。
若い頃に友人と過ごした通学路とか、そんな連中と夜中にビクビクしながら語り明かした公園。景色と記憶がセットになっているから、そこを訪れるだけで、当時のなんでもできそうな無敵感みたいなものを思い出せたりして。
地元って、自分の人生のバックアップが保存されている場所なのかもしれません。
帰れる場所があるから、また外で頑張れる
いつでも帰れる場所があるっていうのは、甘えじゃなくて、外の世界で戦うための「お守り」みたいなものだと思っています。
どれだけ遠くへ行っても、たとえ失敗してボロボロになったとしても、温かく受け入れてくれる土壌がある。そう確信できているからこそ、また新しい一歩を踏み出せる。そうやってきた10年間だったなぁとしみじみしています。
最後に
地元のありがたみって、普段は当たり前すぎて忘れがちです。
でも、ふとした時に思い出すその存在は、今の自分を支える強いものになります。
もし最近忙しさに追われて余裕がなくなっているなら、久しぶりに地元の空気を吸いに行ってみるのもいいかもしれません。遠くて帰れないのなら、地元の美味しいものをひとつ取り寄せてみるだけでも心がホッとするはず。
「自分には帰る場所がある」
改めて強く思ったのでここに記しました。