1991年。

 
『起承転結』をここまで具現化した作品は、
後にも先にもこれに勝るものはないのではないかという程の傑作CMを
エーザイは視聴者を巻き込むことにより産み出しました。
 
 
 
『起』
 
1991年は『失われた20年』の始まった年。
 
前年より燻り始めたバブル崩壊の火種が一気に燃え上がり、
まだ自分たちの生活にはっきりとは影響せずとも日本経済の後退を感じ始めた市井の人々が
それまでとは異なる空気に緊張感を覚え、様々な事柄に敏感になり始めた年です。
 
 
 
『承』
 
そんな91年にこのCMは作られました。
 
CMの内容自体は単純なものです。
 
 
後ろに幼稚園児が列をなして歩くのどかな河川敷に腰を下ろす桃井かおりさん。
 
 
「世の中…」
 
話し始める彼女。
 
そして視聴者に語りかけるようにこちらを向きひと言。
 
「バカが多くて疲れません?」
 
 
そして、
「チョコラBBドリンクください」
 
という桃井さんの台詞とともに商品紹介が出てCMは終わります。
 
 
 
『転』
 
CM自体はいともあっさりとしたものなんですが、
このCMを巡るドラマはここから盛り上がりを見せます。
 
「自分がバカ呼ばわりされているようで不愉快だ」
 
「視聴者をバカ呼ばわりとは何事だ」
 
などというクレームが入ります。
 
先行きの暗くなってきた世の中に対して過敏になっていた人々のターゲットはCMにも向けられます。
 
得も言えない不安からくる、どこへもぶつけることの出来ない不平不満をぶつけるには恰好の的でした。
 
 
 
『結』
 
そのクレームを受け、CMは差し替えられます。
 
待ってましたと言わんばかりに。
 
予め同時に別撮りしていたのではないかというくらい迅速な対応で。
 
アテレコのみの差し替えではなく、
同じ日に別撮りしておいたのではないかというくらい全く同じ天気、同じロケーションのものに。
 
 
「世の中、『お利口』が多くて疲れません?」
 
桃井さんの台詞が変更された別Ver.が放映されてクライマックスを迎えます。
 
 

 
ここまで美しい流れがあるでしょうか。
 
 
これでもかと言うほど効いた大きなフリからの秀逸なオチ。
 
 
『起承転結』の例を提示せよ、
と言われればこれ以上のものはないほどです。
 
 
 
僕はこのCMを巡る騒動の顛末についてあれやこれやいう以前に、
 
エーザイ、CMクリエイターの時代を読む能力、想定通りに実現させられるシナリオ作成能力の凄まじさを感じるのです。
 
 
クレームに対して即座に対応が出来たのは、
最初からクレームが入ることは想定内だったからだ
という話も聞きます。
 
 
全てがシナリオ通りだったのかと思うと鳥肌が立ちます。
 
 
 
約30年経った今。
 
 
当時クレームを入れた人々への意見や
今の時代と重ね合わせて自らの思いを述べる方々もいらっしゃいます。
 
 
それですら彼らの想定内だったとしたなら…
 
 
所詮、僕たちはお釈迦さまの手のひらの上で飛び続ける孫悟空のようなものなのではないか。
 
 
そんなことを考えながらこのCMを見ると、
エーザイやクリエイターの方へ
恐れにも近い畏敬の念を抱かざるを得ません。