おっと。
更新を怠っていたようですね。
なんだか文章にしたいことが出てきた時、ここに戻って来たくなります。
それは自分を見直さないといけないと思ったときだったり、これからを考えないといけないと思ったときだったり、はたまた何らかの強い感情の変化があったときだったり。
5、6年ぶりに出来た彼女と3ヶ月の時を経て、今日別れた。
特に強い感情の変化はなかった。
ただ、人生の優先順位について考えるきっかけとなったし、そこから今後の歩み方について改めて考えようとそう心に決める事が出来た。
元カノの友人の言っていた事。
自分の彼の優先順位は次のようであって欲しい。
1仕事
2家族
3友達
4彼女
自分は4番目で良いと言う。
ただ次に言った言葉は、
「でも結婚したら2番目になれるでしょ?」
だった。
ああ、なるほどね。
さて、俺はいったい何を大切にしてこれからを生きていくべきなのだろうか。
今年も冷えて来ましたね。
東京で3回目の冬がやってくる。
冬と言えば、やはり雪、鍋、クリスマス、正月、そして筋肉の硬直ですよね。
はい、肉離れ2連ちゃんです。
相手チームを舐めてかかり、ちょっとうまい奴にうまいことやられた時にはやっぱり、このやろとか思っちゃいますよね。
思わず伸ばした太ももからブチッという効果音。
oh...meat goodbye...
うまいこと言ったもんだ。
久しぶりに大会に出た。
2回目の肉離れは大会のラストゲーム残り30秒だったけど。
離れた肉のことより、守り切らないといけない1点が大事に思えたことが何より嬉しかった。
優勝した。いいもんだ。
パーマをかけた。
なんとなくだ。
悪しき習慣の排除。
トータルで時間を考えると毎日の30分はとてつもなく膨大な時間となって自分の時間を制約することに気付く。
悪い習慣を良い習慣へ。
「つまり-2点が消え+2点のチャンスが生まれる。君がオフェンスリバウンドをとれるならそれは・・・」
「4点分の働きってコトか!!」
っていうことをやろう。
やろう。
東京で3回目の冬がやってくる。
冬と言えば、やはり雪、鍋、クリスマス、正月、そして筋肉の硬直ですよね。
はい、肉離れ2連ちゃんです。
相手チームを舐めてかかり、ちょっとうまい奴にうまいことやられた時にはやっぱり、このやろとか思っちゃいますよね。
思わず伸ばした太ももからブチッという効果音。
oh...meat goodbye...
うまいこと言ったもんだ。
久しぶりに大会に出た。
2回目の肉離れは大会のラストゲーム残り30秒だったけど。
離れた肉のことより、守り切らないといけない1点が大事に思えたことが何より嬉しかった。
優勝した。いいもんだ。
パーマをかけた。
なんとなくだ。
悪しき習慣の排除。
トータルで時間を考えると毎日の30分はとてつもなく膨大な時間となって自分の時間を制約することに気付く。
悪い習慣を良い習慣へ。
「つまり-2点が消え+2点のチャンスが生まれる。君がオフェンスリバウンドをとれるならそれは・・・」
「4点分の働きってコトか!!」
っていうことをやろう。
やろう。
あれ?
いつの間にか夏が終わっていた。
何したんだっけ?
フットサルして、バーベキューして、花火を見に行って、海で泳いで、25歳を迎えて、
そして、じいちゃんが死んだ。
仕事中に親父から来たメールを読んだ。
「訃報です。すぐ、帰省して下さい。」
2日間の休みをもらった。
次の日の朝、新幹線、特急を乗り継いで富山に帰ることにした。
澄み切った空に入道雲が浮かぶ、お盆が少し過ぎた頃の暑い夏の日の出来事だった。
正直、この歳まで生きてれば、じいちゃんやばあちゃんを亡くしている人は沢山いると思う。
ただ俺にとっては二等親以内の人を亡くすのは初めての出来事だった。
それより驚くべき事実が俺を待ち受けていた。
お通夜が終わった後うちに帰る車の中で、やっと親父から聞かされたのだが、
じいちゃんの死因は自殺だった。
今年の春、じいちゃんは交通事故にあった。
慣れない道を車で走っている途中、対向車とぶつかった。
入院をして大手術をした。
手術は成功し、リハビリをして元の生活に戻った。
と思っていた。
本当はリハビリをしても体の不自由が拭い切れず、あまり思うように生活出来ていなかった。
じいちゃんは釣りが大好きだった。
まだ実家にいた頃、よくじいちゃんが釣ってきた魚を食べていた。
車の中はいつも生臭い魚の匂いがしていた。
大好きだった釣りが出来なくなった。
遺書は清々しく、晴れやかな文章で綴られていたらしい。
最後におじさんとおかん宛てに「ゴメンネ」と書いてあったと聞いた。
あまり一般的な事ではないと思う。
だけど、じいちゃんの決断を俺は誇らしく思う。
誰にとってもそうであると思うが、勇気のいる決断だ。
しかし、その決断を取らずしても方法はあったようにも思う。
ただ、じいちゃんが何を思い、どうしてそうなったかは永遠に知る由もないことだが。
向けられるは満面の笑み。
その25年間の記憶が混じり合い、今にも笑いかけて来そうな死化粧に俺は涙を堪えずにはいれなかった。
火葬した帰り、立山連峰がよく映える青空に俺は別れを告げた。
暑い、暑い夏の日の出来事だった。
天国にも海があったらと、俺は切にそう願う。
いつの間にか夏が終わっていた。
何したんだっけ?
フットサルして、バーベキューして、花火を見に行って、海で泳いで、25歳を迎えて、
そして、じいちゃんが死んだ。
仕事中に親父から来たメールを読んだ。
「訃報です。すぐ、帰省して下さい。」
2日間の休みをもらった。
次の日の朝、新幹線、特急を乗り継いで富山に帰ることにした。
澄み切った空に入道雲が浮かぶ、お盆が少し過ぎた頃の暑い夏の日の出来事だった。
正直、この歳まで生きてれば、じいちゃんやばあちゃんを亡くしている人は沢山いると思う。
ただ俺にとっては二等親以内の人を亡くすのは初めての出来事だった。
それより驚くべき事実が俺を待ち受けていた。
お通夜が終わった後うちに帰る車の中で、やっと親父から聞かされたのだが、
じいちゃんの死因は自殺だった。
今年の春、じいちゃんは交通事故にあった。
慣れない道を車で走っている途中、対向車とぶつかった。
入院をして大手術をした。
手術は成功し、リハビリをして元の生活に戻った。
と思っていた。
本当はリハビリをしても体の不自由が拭い切れず、あまり思うように生活出来ていなかった。
じいちゃんは釣りが大好きだった。
まだ実家にいた頃、よくじいちゃんが釣ってきた魚を食べていた。
車の中はいつも生臭い魚の匂いがしていた。
大好きだった釣りが出来なくなった。
遺書は清々しく、晴れやかな文章で綴られていたらしい。
最後におじさんとおかん宛てに「ゴメンネ」と書いてあったと聞いた。
あまり一般的な事ではないと思う。
だけど、じいちゃんの決断を俺は誇らしく思う。
誰にとってもそうであると思うが、勇気のいる決断だ。
しかし、その決断を取らずしても方法はあったようにも思う。
ただ、じいちゃんが何を思い、どうしてそうなったかは永遠に知る由もないことだが。
向けられるは満面の笑み。
その25年間の記憶が混じり合い、今にも笑いかけて来そうな死化粧に俺は涙を堪えずにはいれなかった。
火葬した帰り、立山連峰がよく映える青空に俺は別れを告げた。
暑い、暑い夏の日の出来事だった。
天国にも海があったらと、俺は切にそう願う。