キャップの周りで白く固まった、古いスティックのり。


その横では、数枚の古いスナップ

写真が、封筒から半分覗いたまま転がっている。


絡まり合ったスマートフォンの充電ケーブル、転がったクリップケース、投げ出されたノート。


床には、行き場を失った黒いバックパックが、主人の心の澱のようにうずくまっていた。


棚の隅に置かれた小さなサボテンだけが、その雑然とした空間をどこか冷ややかに見下ろしている。




「私はいつも形にすることから逃げてしまい、何も完成させられないんです」




画面の向こう、人生の折り返し地点で立ち止まっているという五十代の女性が、祈るように両手を差し出した。




「完成させることだけが人生ではありませんよ。未完であることこそが、最大の自由です。あなたの知能線は、途中で途切れずに美しく下降して伸びている。今もがいているその未完の葛藤こそが、新しい可能性をいくらでも付け加え、大歓喜するための大チャンスなんです。人生に一切の無駄はありません」




男は画面越しに全身を使い、軽やかな波動をまとった声で語りかける。


この安心安全な場を創り、全身全霊で表現すること。


その価値だけは絶対にぶらさない。




だが、胸の奥の声

(インナーボイス)が冷ややかに囁く。――よく言う。お前自身、自分ビジネスや様々な企画を中途半端に立ち上げては完成させられず、投げ出してきたくせに。逃げの天才め。




「無駄がない……。この中途半端な気持ちも、意味があるんでしょうか」




「ありますとも。完成を急がず、今この瞬間を楽しむ。そこからしか、本当の風の時代は始まりません」




女性の瞳から、安堵の涙がこぼれ落ちた。溢れ出た感情が、沈黙となってデジタルの隙間を温かく満たしていく。




男の右手が、吸い寄せられるように太筆を握った。思考の枠をはるか遠くに置き去りにして、天からすとんと降ってきた、確かな言霊。




『未完の点の数だけ、人生の自由な余白がある』





一気に書き上げ、レンズの前に掲げる。女性は何度も頷き、そっと涙を拭った。



通信が切れ、無機質な静寂が戻った部屋。



液晶画面には、ただの男が映っている。



軽やかに風を語りながら、自ら

もまた生活の混沌と重い葛藤を抱え、足掻き続けている。



スマートフォンのタイムライン

には、他人の眩しい日常が無機質に流れていく。


けれど、男はもう目を逸らさない。


乾いたのりのキャップをそっと閉め、また一歩、前に出るために筆を置いた。



窓を開けると、軽やかな夜風が、絡まったコードの隙間を静かに吹き抜けていった。