母の実家の近所には、地元の人達から避けられている稲荷神社があり時々住民の親戚ではい感じの人達(←違和感を見ただけで察するのは田舎特有?)路肩に車を停めて参拝している。ここは観光地ではない、見所もないのに何故?!怪しい。秋には道路に面した所にずらりと真っ赤な彼岸花が咲くのも不気味。地元では彼岸花はお墓でしか見ないので嫌われ気味「あの神社は怪しい。狐だし、なんか嫌だ。」余所者が参拝に訪れ、地元の人達は参拝した事がないのがなんだか滑稽。
彼岸花から母の実家に纏わる事を思い出し、そこから母が通っていた高校の事を思い出し...
母の母校は建てる時に戦国時代の骨がゴロゴロ大量に出てきた。頭蓋骨だけだったような気もするが母は人が少なくなった放課後の廊下や夕暮れ時は落武者の霊が目の前に現れたら!見てしまったら!と考えて凄く怖かったらしい。高校の近くに御寺があって、秋には墓石の隣などに沢山の彼岸花が咲いている。薄暗~い中で見るその光景は堪らなく怖くて嫌だったとのこと。
母の故郷と高校時代の思い出話から始まり、下校途中に父の実家の近くを通っていたから将来の伴侶とすれ違った可能性もありそうだな。そう考えているうちに父の家系について凄く知りたくなってしまった。
既にブログネタにしたが父の実家は総本家を中心に少し離れて東と西に本家があって各々の本家を囲むように分家がズラリ...
戦の時に一族の男達が馬に乗り参戦、馬が良い働きをしてくれ活躍出来て大喜びしたお殿様が褒美に沢山の土地を下さったのと、近隣が一族で固まっているのは滅ぼした敵の残党が復讐に来た時の備えてだと父や祖父などから何度か聞いた事がある。一族で応戦なら安心(親族だから命の危機に助け合える、誰かが逃げて、お家再興の可能性あり)みたいな。
「敵の残党が襲撃に来たら一族一丸となって戦う...いつの時代だよっ!!ばらけて住もう。」
と話を聞くたびに心の中で思ってた。
実家の庭にある古い馬小屋は蔵のような作りという話を何年も前に宮様の刀剣コレクションを預かる程の方に少し話した所、馬小屋が蔵のような造りだと南北朝時代まで遡れる家柄だと言われたのが気になっていた。そうは言っても馬小屋は古いが現存する建物にそこまでの歴史は無く、先祖が栄えたのは馬で参戦して活躍したから。よって馬は恩義ある動物なので木小屋ではなく人間のように瓦屋根なのだと父から聞いていた。で、その御先祖様のお手柄由来の小屋を父が車をぶつけて一部を壊し、3人いるうちの私が心の中で人間トリカブトと言っている伯母がブチギレて大喧嘩した事がある。
父は、一族と一族以外の家々に大人気だが色々やらかしている...
父の実家は、私には馴染みがほぼ無いに等しいが先祖は誰に仕え何処と戦したのだろうか。母の通った骨がゴロゴロ高校の辺り?それとも母の故郷にある城址?子供の頃からなんだか気になっていた。知らずに所縁の地を訪れ祟られやしないか。幼い頃から二十歳位まで時々、落武者の霊を見ていたので父方の先祖のせいなのでは?と悩んでいた。高校生の時、見た目は強烈に恐ろしいだけで金縛りだとか嫌な事は無いから怯える必要はないのかも...現代人の霊は落武者の霊達を怖がる。居たら安心!ありがとう!見慣れたらカッコイイなどと思うようになったら見掛けなくなりました。サミシイ。
ところで昔、人に父の実家の近隣は一族ばかりという話をした所「細胞分裂みたい!」と笑われた事がある。SNSをやると親の死とかに心ない言葉、どうしてそんな事を言えるのか。絶対に理由も謝りも言わず。年齢にしては世間知らずで深みのない憐れな心の乞食(人を下げて自分アゲ)がいるが御先祖という遠い遠い過去の人ではあるが他人だとしても命懸けで頑張った結果、努力を茶化すのはカチン!とくる。歴史が好きだから興味深いという人か茶化す人のどちらかだ。
伝えられてきた家系の話は日本の歴史でもあるような気が私はしている。歴史の本に載ったりとかのご立派なものではない小さな小さな昔話なのだけど。どうだろう?
父の家系を伝え聞いている話を元に調べたところ、両親の故郷は南北朝時代、生き残りを掛けた激しい戦いがあった主戦場だったと知りました。学校でそんな事は習わなかったし巷でよくある古戦場は心霊スポット...霊が出て当たり前という決めつけ。例えば八王子城址のように。秀吉公によるおぞましい謀殺があったにも関わらず慰霊碑の類いや寄るな危険とかの話は無いので知りませんでした。秀吉公が登場する物語に全く出て来ないし。勝者の為に闇に葬り去られたものの数は凄いのだろう。内容が残忍で哀れ過ぎて数日間落ち込む程でした。本人は死後に神として奉られても愛妾と我が子の最後はさもありなん。
調べた中で知り得た事の全ては書けませんが、何処の地域や身分その他関係なく誰もが連綿と命が繋がれこの世に存在している事は本当にミラクルな事なのだなと思いました。
ところで、
「戦の時に馬のおかげで大活躍してお殿様は大喜び。」
私の中で戦は、映画やテレビの時代劇のイメージが強く戦国時代の馬の気質などは父から聞かされたり歴史本から知ってはいたけれど大勢の中でどうやって目に止まったか謎でした。馬も敵将の馬や敵兵に噛みついたり蹴りあげ、時に主を身を呈して護る...敵味方わらわら居る中で味方の兵も蹴りあげられてやられてしまうと長年疑問だった。
敵将は、戦で死にたくないから鎧の胴部分にとても大きな鏡を付けていた。太陽光を反射させ目潰し攻撃だから銀の板(?)相手は眩しくて戦い難く参ったそう。そんな鎧甲冑を私は知りませんでした。知って目からウロコ。時代劇とかで見た事がないし、卑怯だなと思った。「勝てばいい!」私も参考にしたいと思います。鎧甲冑を身に付ける機会は無いけどね!
中世において馬は単なる家畜ではなく「最高級の軍事兵器」であり「命を預ける相棒」であった。特に鎌倉時代末期から南北朝時代にかけては足軽の集団戦ではなく「騎馬武者による一騎討ちや突撃」が勝敗を決める時代の全盛期。
「お殿様が大喜びして沢山の土地を下さった。」
「馬は大恩ある生き物だから食べない。」
南北朝は圧倒的に不利な状況にあり、一回一回の局地戦での戦利が文字通り命綱であった。そんな中「馬を巧みに操り絶対絶命の窮地からお殿様(皇族や総大将)を救いだした」か「敵軍へ突撃して大勝利をもたらした」これによってお殿様(南朝の宮方)は大喜びして周囲の土地を恩賞として与えた。恩賞を与えたのが皇族であったなら馬を神聖視して「食べない」という強いタブーが現代でも守られている事に説明がつくそうです。
馬には恩義がある。馬は友だから食べない。私が二十歳頃に両親に牛肉料理を作って出した所、牛も馬に似ているという理由で食べた事がない食べたくない!に凄く驚いた事がありました。
馬小屋が蔵のような作りなのは武士にとっての最高機密、良い馬(名馬)を育てる為の血統や飼育方法は、一族の最高機密でした。その為、外から盗まれたり毒を盛られたりしないよう蔵(強固な壁と厚い扉)と同じ造りの馬小屋で「秘蔵」とした。戦国時代からの急ごしらえの武士ではなく南北朝時代から一貫して名馬を育て、馬を主戦力として戦ってきた騎馬武者の家系である事が建物の構造だけで証明できてしまう。
刀剣関係の仕事をしている方から指摘された謎がようやくわかりました。
伝承にある滅ぼした敵の残党が来た場合の備えが総本家、本家で見える場所に存在しているのは当時、多くの落武者や残党(浪人)が山林に潜んでいて時に、一揆を起こしたり裕福な家を襲ったりしたため、いつでも戦える武装を解かなかった。分家や新宅が3軒を囲むように配置されているのも本家を守り、かつ一族が一致団結して外敵(残党)に立ち向かう「防衛陣形」そのもの。
あぁ、ちゃんと意味があったとは。そして、細胞分裂みたいだと笑った奴、やっぱムカつく。そして、防衛陣形というワードから、父の実家側の本家の隣の分家が歴史ある凄く立派な門なのは、まず第一に狙われるのは本家じゃなく...分家が教われている隙に本家が武装と防御or逃げる?!腹黒いわ。その分家は本家よりも偉そうなのよ!何も気付かないおバカさん?!と思ってしまったわ。激戦区だし山林に落武者が沢山いるし、浪人も集団で襲ってきていた...父方の一族があんななのは魂か遺伝子に組み込まれているからなのじゃ?!と思った。両親の代まで長男の婚礼は自宅で執り行い午後からは総本家に移動し、一族の長男夫婦がズラリといて三日間続くのです。三日間一緒にお酒を呑んで過ごしたら絶対に化けの皮は剥がれるし、どんな人柄かわかるから代々そうしてきたとのこと。両親の時は母の家だけでなくこっそり墓地を見られて母の母の実家までチェックされていたと聞いてギョッ!としたのと超絶気持ち悪いなぁ~と思ったのでしたが遺伝子レベルで他人への警戒心が強い家系?!田舎で排他的な地域は「田舎だから」の一言ではなくて深く調べると戦の最前線の場だったり激戦区だった。度々残党や下卑た輩が襲撃してきた歴史を持つケースがありそう。現代になっても無意識レベルで疑り深かったり...都会っ子、余所者には理解出来ない癖ツヨツヨ地区...。
それはともかく、御先祖様へのネガティブな印象が少し変わったし県の歴史を調べる中で号泣したりゾワゾワしたり。調べた内容を歴史に詳しい方に読んで貰って考察を伺いたいと思ったし面白かった。
「御先祖様は、馬を巧みに操り大活躍した。名馬を育てるのは武士の最高機密...」
その言葉から、祖父は戦時中は近衛兵で陛下の馬を担当していた。子供の時に祖父から縁側で当時の話を聞いた時に「馬の世話なんて格好悪い。」などと言っちゃったのね。今思うと大変失礼な発言でしたが祖父は怒らず穏やかに「敵がやって来て陛下を撃った時にはじいちゃんが身を呈して弾を受けるんだと思っていた。じいちゃん達が頑張って戦って時間を稼ぎ、陛下はじいちゃんが世話している馬で逃げていただく。もしもの時は陛下のお命を頼んだぞ!といつも言い聞かせながら世話をしていた。陛下のお命を預ける馬を世話する事をじいちゃんは誇らしく思っていたんだよ。」と言いました。陛下を振り落とさない人間に従順で優しく、しかし、いざという時は誰よりも早く走るように。重要な任務であり馬が怪我をしないよういつも緊張していたとも言っていたなぁ。
遠い御先祖様は、馬で大活躍して子孫は陛下の馬の教育とお世話を担当した。繋がっているのだなと思ったけれど、宮内省は国民の家系の歴史を知っている。名馬を育て上げてきた家系であること、その他の情報を知っている。だからこそ、祖父はそのお役目であったという。近衛兵になるには徹底的に調べられるというが戦争が始まってからでは時間が足りないよなぁと疑問でしたが既に知っていたとなると。特攻隊員も詳しくはないが私の中ではちょっと気になる事がある。
調べないと気付かない事や知らない事ばかり。そのまま、朽ちて埋もれ誰に知られることなく消えゆくものたち。故意に消される哀しきものたち。
誰かが憐れみ誰かは嗤う。
