鉛の男 | あれ?よく見たらみんな同じ人間じゃん!!

鉛の男

男の子は立っていた

流れのある川の中、冷たくも暖かくも変わる川の中、膝上程度まで水量のある川の中

いつからだろう

いや、気付いたときには川の中に立たされていた

男の子は思う

「流されてはならない」

だから、前かがみに身体を傾ける

川に寄りかかるように

それはそれで男の子にとって楽だった

流れが急な時は、より前に傾き、

流れが緩やかな時は、それなりに傾き、

ある時には、流れてみたりした

しばらく流れにのる日々が続いた

とても楽だったからだ

でも、ある時男の子は歩き始めた

またもとの位置に戻る為に

流れに逆らって歩いた

歩いているうちに気付いた

いつの間にか、水量が足の付け根まで増えていることに

それでも逆らって進み続ける

もとの位置に戻る為に

歩いているうちに、また気付いた

雨が降ることに

それでも逆らって進み続ける

もとの位置に戻る為に

男の子はもとの位置についた

ついてしばらくしたとき、気付いた

周りに人がいることに

しかし、男の子にとってそれは、ただ「いるだけ」だった

そう思ったとき、男の子は青年になっていた

青年は考えた

「もっと進んでみたら何があるだろう」

気になって仕方がなかった

だから、歩き始めた

川の流れに逆らって歩き始めた

ところが流れがとても急で、なかなか進まなかった

時には、歩かない日もあった

流される日もあった

それでも歩いた

歩いていて、青年は気付いた

いつの間にか、水量が腰上あたりまで増えていることに

それでも歩き続ける

未知なるものをもとめて

歩いていて、青年は気付いた

川の中に、石があることに

そこに立つと腰上まである水は、膝下までになる

それは、休むときにとても楽だった

だから、休むときはその石のうえに立った

休んでいたら気付いた

周りに人が居ないことに

しかし、青年にとってそれはあまり関係のないことだった

男の子のときと同じように

しかし、青年は周りの人がうらやましくもあった

ああなれたら、と思う日もあった

でも、なぜうらやましく思ったのか分からなかったから

だから、青年はまた歩き始めた

気付くと青年は男になっていた

男は知った

自分はがむしゃらであることに

「流れ」に逆らっていることに

それでも、歩き続ける

流れに逆らって

気になったものを、確信に変えるために

男は歩きながら考えた

「何故、周りの人はいなくなったのか」

答えはすぐ見つかった

男は、「前」しかみていなかったのだ

流れにのっているときは、流れの方向が「前」で、

流れに逆らっているときは、逆らっている方向が「前」

だから、流れに逆らう男は、右と左、ついでに後ろも見た

すると、人がたくさんいた

いや、確認した

いることは、前から知っていた

見ようとしなかっただけだ

何故なら、男は悔かったからだ

そう、たくさんの人は川の中にいない

地上にいた

地上の人は楽に歩き、休むときは横になる

寒いときは衣類を着用して「火よ灯れ」と叫びあたたまる

暑いときは衣類を脱いで「風よ吹け」と叫び涼む

そんな人になれないから、悔しかった

何故なら、男は生まれたときから川の中にいたからだ

だから、男にとって周りの人は「いる」だけであった

しかし、それも今日限り

男は右左にある陸地に上がろうとした

地上に何があるか知りたくて上陸を試みた

しかし、それは何度も失敗した

その度、諦めようと思った

ところが、あるときようやく地上に立つことができた

そこには、川にはないものが多くあった

とても、嬉しくて仕方がなかった

すると、男は男の子に戻った

男の子は、地上のあちらこちらを走り回った

とても嬉しかったからだ

そこで、男の子は知った

花を

風を

火を

そして、人を

気付くと男の子は、また青年になっていた

青年は調べた

花の特性を

火の特性を

風の特性を

そして人の特性を

気付くと青年は、また男になっていた

男は考えた

花の存在を

風の存在を

火の存在を

そして、人の存在を

男はそれを周りの人に伝えた

しかしそれは、受け入れられても、到底理解されるものではなかった

だから、男は人に背を向けた

その瞬間、地面は消えて川の中に落とされた

何故なら、男は地面にも背を向けたからだ

同時に後悔した

何故、地面を知ろうとしなかったのか

何故、足元を調べなかったのか

何故、自分が立っているのか考えなかったか

男は、その日から鉛になった

川の深く深くに沈んだ

鉛は、流された

川に

鉛は蹴られた

人に

鉛は捨てられた

地面に

鉛は、石にぶつかった

いつか、休んだ石だった

その石は、確かに存在していた

同時にぶつかった

常に川の中に存在している、川の底に

その時、鉛は鉛の男になった

鉛の男は、歩いた

いつか目指した、川の上流に向かって

川の流れに逆らって

鉛の男は地上にはあがれないから

流れに逆らって歩く

男は「鉛」の男だから、地上にはあがれない

鉛の男は、自分が鉛であらねばならないと思うからだ

地面に捨てられるのが、逃げられるのが怖いから

だから、川の中で生きようと決めたのだ

しかし、川にはいろいろな障害があった

流れ

水量

温度

不安定な足場

だから、鉛になった

流されないよう

水の抵抗に負けないよう

川の温度に順応できるよう

しっかりした川底まで足を踏みおろすために

そして、自分の意思を固める為に

川で生きていくことを

同時に鉛の男は知っている

川には水があることを

流れていることを

温度が変化することを

水量の変化は抵抗の変化であることを

立つことができることを

また、多くの人は知らない

川には水があることを

流れていることを

温度が変化することを

水量の変化は抵抗の変化であることを

立つことができることを

更に多くの人は理解しない

「自分勝手」であるということを

「考えていない」ということを

「知ろうとしない」ということを

「見えていない」ということを

そして、何より自分を「大切」にしていないということを

その点、鉛の男は理解していた

自分の「考え」が足りないことを

自分が多くを「知らない」ことを

自分が「見ようとしない」ことを

そんな自分が「いる」ことを

そして、鉛の男は歩く

考えるために

知るために

見るために

そして、新たな地上を「川の中」で探すために