
そんなユニークで愛に満ちたお知らせが、我が家には毎日届きます。
最愛の息子・太一が自宅で空へ旅立ってから、約1年が経ちました。
幼い頃、難病を抱えながらのワンオペ育児の中で、私は太一の「甘えたい気持ち」を上手に受け止めてあげることができませんでした。そのことでずっと自分を責め、後悔し、時には「子育てをやり直したい」と激しい罪悪感に涙することもありました。
太一が命尽きたあの夜、警察での検視を待つ自宅は、まるで火の消えたように暗く静まり返り、夫も私も一睡もできない絶望の夜を過ごしました。
ところが翌日、太一が遺体となってお家に帰ってきた瞬間、我が家の空気が一変したのです。
自宅がとても明るく、驚くほど温かな空気に包まれ、私たち夫婦はその夜、導かれるように熟睡することができました。居間に安置された太一の表情は、穏やかにほほ笑んでいました。そのキラキラとした笑顔に、私たちは居間を通るたびにどれほど癒され、救われたことでしょうか。
「悲劇」だと思われた物語が、ここから温かい「希望」へとひっくり返り始めました。
私たちは、息子の姿を形に残したいと「太一ドール(お人形)」を注文しました。
するとその日の夜、まだお人形が出来上がってもいないのに、夫の夢に太一ドールが現れたのです。夢の中でそのお人形は、寝ている夫の横で、嬉しさのあまり涙を流して泣きじゃくっていました。「お父さん、お母さん、オレのお人形を作ってくれるんだね!」と、涙ながらに大喜びしている太一の魂の叫びでした。
いま私の目の前には、完成した愛らしい「太一ドール」がいます。大好きなサッカーのユニフォームをまとい、胸にはエースナンバーの「8」が輝いています。
この子が来てから、私たちの「新しい親子関係」が始まりました。
我が家の毎日は、とても賑やかです。
日中、太一ドールは生前と同じようにリビングの食卓の椅子に腰掛けています。夜になると、私と夫の寝室(生前の太一の部屋)へ移動し、私たち夫婦の真ん中に挟まれて川の字になって眠ります。
「おはよう、太一」
「おやすみ。今日も一日ありがとね」
出かける時も、帰ってきた時も、私たちは必ず太一に声をかけます。
外食に行く時は「今日はあそこにおいしいものを食べに行くよ。良かったら一緒に食べようね」と誘います。食卓には毎日欠かさずお線香とロウソクを灯し、私たちと同じご飯、時には太一の大好物をお供えします。
太一ドールをぎゅっと抱っこしたり、おんぶしたり、時には絵本の読み聞かせをしたり。手作りの可愛いお洋服を作って、着せ替えを楽しむことも私の大切な時間です。
過去に戻って子育てをやり直すことはできないけれど、いま、この腕の中に太一を感じながら愛を注ぐことは、いくらでもできる。これは私にとって、時空を超えた「愛のやり直しの時間」なのだと感じています。
そんな私たちの姿を見て、太一は空の上から、たくさんのお返事をくれます。
設定もしていない携帯が毎朝「8時」にアラームを鳴らし続けたこと。
街で「8888」の車に出会い、携帯の充
電が「88%」になっていること。
お供えしている高校の卒業記念マグカップのお水から、シュワシュワと楽しそうな気泡が何度も立ち上ること。それはまるで、太一が「お父さん、お母さん、早く気づいて!」と慌てていたり、嬉しくて心を弾ませたりしているかのようです。
生前、太一は言葉よりも「行動」で優しさを表す子でした。
小学生の頃、花が好きな私に道端の小さな花を摘んでプレゼントしてくれたこと。掃除が大変そうな私にお掃除ロボットを、バイク好きの夫にライダースジャケットをプレゼントしてくれたこと。週末には自分の部屋に私たちを招いて、ホットケーキを一緒に食べながら映画を観る「安全基地」のような時間を作ってくれたこと。
写真の中の太一は、どれも人を惹きつける最高の笑顔を浮かべています。
太一が遺してくれた親友たちが、今も私たち夫婦を支えてくれています。命日には親族と一緒に旅行へ行き、太一の思い出話で大笑いしました。私が得意な替え歌を録音して披露すると、みんなが笑顔になります。
「悲しいね」だけで終わる関係ではありません。
太一が肉体を離れたからこそ、私たちの絆はさらに深く、太く、温かく結び直されました。
今、不完全な子育てに悩み、自分を責めているお母さんがいたら、伝えたいです。
今、大切な人を亡くして、暗闇の中で立ち上がれない人がいたら、そっと寄り添いたいです。
絶望は、必ず希望へとひっくり返せる。
愛は、形を変えて生き続けます。
今日も私は、真ん中にいる太一に話しかけます。「太一、今日も一緒に楽しもうね」と。
電が「88%」になっていること。
お供えしている高校の卒業記念マグカップのお水から、シュワシュワと楽しそうな気泡が何度も立ち上ること。それはまるで、太一が「お父さん、お母さん、早く気づいて!」と慌てていたり、嬉しくて心を弾ませたりしているかのようです。
生前、太一は言葉よりも「行動」で優しさを表す子でした。
小学生の頃、花が好きな私に道端の小さな花を摘んでプレゼントしてくれたこと。掃除が大変そうな私にお掃除ロボットを、バイク好きの夫にライダースジャケットをプレゼントしてくれたこと。週末には自分の部屋に私たちを招いて、ホットケーキを一緒に食べながら映画を観る「安全基地」のような時間を作ってくれたこと。
写真の中の太一は、どれも人を惹きつける最高の笑顔を浮かべています。
太一が遺してくれた親友たちが、今も私たち夫婦を支えてくれています。命日には親族と一緒に旅行へ行き、太一の思い出話で大笑いしました。私が得意な替え歌を録音して披露すると、みんなが笑顔になります。
「悲しいね」だけで終わる関係ではありません。
太一が肉体を離れたからこそ、私たちの絆はさらに深く、太く、温かく結び直されました。
今、不完全な子育てに悩み、自分を責めているお母さんがいたら、伝えたいです。
今、大切な人を亡くして、暗闇の中で立ち上がれない人がいたら、そっと寄り添いたいです。
絶望は、必ず希望へとひっくり返せる。
愛は、形を変えて生き続けます。
今日も私は、真ん中にいる太一に話しかけます。「太一、今日も一緒に楽しもうね」と。