こころ、ほどける日々

こころ、ほどける日々

~喜多方からお届けする光のメッセージ~

都会の"時間"、喜多方の"時間"

ここ喜多方での暮らしは、これまでの人生とはまったく違う時間の流れを教えてくれます。

都会でビジネスの世界にいた頃は、何かを始めるなら「この日」と明確に決め、目標を設定し、そこへ向かって一直線に進む。
それが正しい在り方であり、唯一の正解だと思っていました。

 

桜はカレンダーを見て咲かない

でも今、この築100年以上の古民家で「みろくの間」を準備する日々の中で、少し違う感覚に気づきました。

物事は、自分の意志(エゴ)だけで無理やり始めるのではなく、すべてが整ったときに自然に始まるのではないか、ということ。

例えば、桜はカレンダーを見て咲くわけではありませんよね。
土の温度、光、風……そのすべての条件が揃ったときに、初めて静かに花開きます。

私たち人間の人生や、新しいスタートも、きっと同じなのだと思います。

 

"いつ始まってもいい自分"でいること

早く形にしたいと焦りが出るのは、それだけ想いが強く、本気だからこそ。
でも、心と身体が整っていないまま無理に走り出すと、どこかで必ず歪みが生まれてしまいます。

「みろくの間」のオープンに向けて、日々空間を掃除し、音叉で気を整えながら、私は気づきました。

"始める日を決める"のではなく、
"いつ始まってもいい自分でいる"ことが大切なのだと。

体調が安定していること。
空間が心地よく整っていること。
そして何より、心が軽やかであること。

そのすべてが揃ったとき、スタートは“自然発生”するのです。

自然のリズムと、自分のリズム

スローライフとは、ただ単にゆっくり暮らすことではありません。
自然のリズムと、自分のリズムを一致させることなのだと思います。

早く進むことが正解ではなく、止まることが間違いでもない。
今この瞬間を丁寧に整えることが、結果として未来を最も美しく形づくります。

「みろくの間」もきっと、最適なタイミングで静かに息を吹き返すでしょう。
私たちはただ、その瞬間を美味しいコーヒーと共に、笑顔で迎えられる自分でいるだけでいい。

焦らず、止まらず、今日もひとつ整える。
それが、今の私の生き方です。

 

 

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すべては"最善"の流れとして起きている

まずは、目の前のことを"受け入れる"ということ。

私たちの目の前で起きる出来事は、どんなに予想外であっても、実はすべてが最善」の流れとして起きています。

ただ、それに気づくためには、頭での判断(思考)をいったん脇に置き、「そのままを受け入れる」という姿勢が必要なのかもしれません。

 

私たちは"判断"しすぎている

けれども、私たち人間には「ジャッジ(判断)」という強い癖があります。

「この出来事は“良い”こと」「この状況は“悪い”こと」――。

そんなふうに瞬間的にラベルを貼り、そのレッテルに自らが振り回されてしまうことも少なくありません。

確かに社会の中では、"こうあるべき""こうすれば評価される"といった他者基準のルールに乗った方が楽な場面もあります。忙しさの中で、自分の心の声を聞く余裕を失い、気づかぬうちに誰かの価値観を生きてしまっていることも。

"思考"ではなく"感覚"で感じる

でも今、僕はここ喜多方でのスローライフを通じて、そんな“判断の罠”から少しずつ距離を置くことができています。

もちろん、長年のジャッジの癖がゼロになったわけではありません。だけど、目の前の出来事に対して「まずは受け止めてみよう」と意識を向けるだけで、心がふっと軽くなっていくのを感じるのです。

受け入れるというのは、思考で意味づけをする前に、「身体」や「感覚」でそのまま感じてみること。

例えば、冬の寒さや風の冷たさも、あるいは誰かの言葉の痛みも、まずはありのままに感じてみる。そこには、抗わない強さと、不思議と深い安心感があるのです。

判断を超えた先の"自由"へ

判断を超えたところにこそ、本当の自由と豊かさがあります。

そんな生き方を、2026年はもっと多くの人と分かち合っていきたい。

正解や間違いを探すのではなく、ただ「今」を信頼して進んでいきましょう。

 

 

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その"不足感"は、誰の声ですか?

本当に"満たされる"ということ。

それは、何かを新しく手に入れることではなく、実は「手放すこと」から始まるのかもしれません。

私たちはつい、「もっとこうなりたい」「あれが欲しい」と、何かが足りないような感覚に駆られがちです。

けれど、その焦らせるような「不足感」こそが、自我(エゴ)の声です。

それはあなたをずっと、「外側の世界」へと駆り立て続けます。

2026年は"引き算"の生き方へ

今というこの時代を生きる私たちに必要なのは、これ以上の足し算ではなく、"引き算"の生き方ではないでしょうか。

余計なものをそぎ落とし、手放して、心を軽くしていく。

そうして初めて、ふと気づくのです。

"もうすでに、私は満たされていたんだ"と。

本当に必要なものは、あなたの“魂”がすでに知っています。

 

夢中で遊ぶ子どものように動く

余計な思考を手放し、その魂の声が静かに意識の光で照らされたとき、自然と動き出すあなたがいます。

その時の行動は、"やらなきゃ"という義務感や努力ではありません。

まるで、時間を忘れて夢中で遊ぶ子どものように、純粋な喜びからくる行動です。

2026年。

そんな心の動きに正直に、もっと軽やかに生きていきませんか?

あなたがあなたらしく在るだけで、世界は十分美しいのですから。

 

 

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