すべては"最善"の流れとして起きている
まずは、目の前のことを"受け入れる"ということ。
私たちの目の前で起きる出来事は、どんなに予想外であっても、実はすべてが最善」の流れとして起きています。
ただ、それに気づくためには、頭での判断(思考)をいったん脇に置き、「そのままを受け入れる」という姿勢が必要なのかもしれません。
私たちは"判断"しすぎている
けれども、私たち人間には「ジャッジ(判断)」という強い癖があります。
「この出来事は“良い”こと」「この状況は“悪い”こと」――。
そんなふうに瞬間的にラベルを貼り、そのレッテルに自らが振り回されてしまうことも少なくありません。
確かに社会の中では、"こうあるべき""こうすれば評価される"といった他者基準のルールに乗った方が楽な場面もあります。忙しさの中で、自分の心の声を聞く余裕を失い、気づかぬうちに誰かの価値観を生きてしまっていることも。
"思考"ではなく"感覚"で感じる
でも今、僕はここ喜多方でのスローライフを通じて、そんな“判断の罠”から少しずつ距離を置くことができています。
もちろん、長年のジャッジの癖がゼロになったわけではありません。だけど、目の前の出来事に対して「まずは受け止めてみよう」と意識を向けるだけで、心がふっと軽くなっていくのを感じるのです。
受け入れるというのは、思考で意味づけをする前に、「身体」や「感覚」でそのまま感じてみること。
例えば、冬の寒さや風の冷たさも、あるいは誰かの言葉の痛みも、まずはありのままに感じてみる。そこには、抗わない強さと、不思議と深い安心感があるのです。
判断を超えた先の"自由"へ
判断を超えたところにこそ、本当の自由と豊かさがあります。
そんな生き方を、2026年はもっと多くの人と分かち合っていきたい。
正解や間違いを探すのではなく、ただ「今」を信頼して進んでいきましょう。


