「第五十五回 名古屋城古武道大会」が

5月5日(火)に開催されます。

 

道場の一員として出場します。

 

今回は2回目の参加。

演武・試斬に向けて、日々修練を重ねています。

 

出番は10番です。

【10.抜刀道 中村流抜刀道 悟道館道場】

 

当日は、実際に真剣での試斬も行います。

一太刀一太刀、精度を高めています。

 

 

・斬り損じた後の仕切り直し<左袈裟>

 

 

・斬り損じた後の仕切り直し<左逆袈裟>

間合いが遠いこと、
低く入りすぎて台に当たる意識が出てしまい、
結果として空振り。

 

それも、二度。

 

 

巻き藁を少し長く調整していただき、再度挑戦。

 

左袈裟を振り抜いた後、
右足を一歩踏み込むことで・・・

ようやく、しっかりと斬ることができました。

 

 

 

当日は24の団体が出場予定です。

名古屋城の空気の中で行われる演武は、
特別なものになると思います。

お時間が合えば、ぜひ足をお運びください。

 

 

【名古屋城 春まつり】

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加しました。

35回目の参加です。 

 

前回は、

肚が自然と動き、吐き出される息に声を乗せることが

ようやくできるようになりました。

 

今回も、「自然と動く」感覚を、そのまま声に繋げることができるか?

を確認する場でした。

 

 

一度できたからと言って、またすぐ出来たかというと、

そうはいきませんでした。

余分な力が入ってしまい、力で出そうとする自分がいました。

 

肚が動く感覚を思い出そうと、何度も繰り返し繰り返しました。

 

肚は動いている。

でも、息と声が連動しない。

連動しないから、声を出そうとして力が入る・・・

 

 

脱力が思うようにできません。

 

 

脱力には笑い。

ということで、肚の底から笑おうと試みました。

 

子供たちが笑っている時のことを思い返していました。

すると、なぜか泣きたい自分が溢れだしてきました。

 

子供たちの笑顔、笑い声がハッキリ聞こえてくるような感覚になればなるほど、

涙が込み上げてきます。

でも、その涙を止めるべく力が入る・・・

 

 

楽しかった想い。

でも、二度と取り戻せない時間。

 

笑いと涙。

喜びと悲しみ。

この2つが表裏一体となって、僕の内側に存在しているようです。

 

 

子供たちへの想いの強さ。と言えばそうかもしれないけれど、

想いが強い故に、心から笑うことができず、

家族との繋がりを破壊した後悔、悲しく泣きたい想いも湧いてくる。

 

 

人目憚らず泣けた時、カラダは緩むのだろうか・・・

自分の気持ちを素直に出せる日がきますように。

 

 

 

 

 

前回から着物で修練会に参加しています。

今日も着物で参加でした。

 

 

 

人生で5回目。

5回目となると着慣れてくるのか、

着物を着ることが自然な感じになってきました。

 

着物を着る。という行為自体が、自分の殻を破ることにも繋がっています。

 

人目を「気にする」自分ではなく、

見られることで「気になる」存在となる。

視点が180度ぐるっとひっくり返った感じです。

 

「着物っていいなぁ、着てみようかな。」

という想いを抱いてくれたらいいな、と思っています。

 

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加しました。

34回目の参加です。 

 

 

先月くらいから、肚が自然と動く感覚を感じ始めていました。

 

朝、目が醒め、呼吸に意識を向けると、肚が自然と動いているのです。

布団の中で自然と動く感覚に意識を集中しします。

 

息を吐いて・吸って・吐いて・吸って・・・を繰り返します。

 

肚が自然と動きを言葉で表すとすれば、「蠢く」感覚。

何かがお腹の中に居るような・・・そんな感覚でした。

 

身体の感覚に委ねれば、自然と息が深く通るのです。

力を入れる必要は全くありません。

 

 

今回は、「自然と動く」この感覚を、そのまま声に繋げることができるか?

を確認する場でもありました。

 

 

意識を臍下の丹田に向け続けます。

自然と動く感覚。

意識の置き所を探し続けます・・・

 

 

少しづつ、蠢く感覚が蘇ってきます。

そして、動く感覚を掴み始めます。

 

 

しかし、息と繋がりません。

お腹に力が入り、息の流れを止めてしまうのです。

 

 

今までは、

ここで止める力に抗うために、力で肚を動かそうとしてました。

今回は違いました。

 

力んで息が通らなくても、

そこでじっと耐え、ただただ肚の動きに意識を向け続けました。

 

肚が自然と動き出す感覚。

ただただ、その一点を探り続けました。

 

 

耐えて探し続けた結果、見つかりました。

その瞬間、力みがどこかへいき呼吸が再び通り始めました。

 

 

 

ようやく。

ようやく、肚と呼吸が繋がりました。

 

 

自分の身体に委ねることができた瞬間でした。

何か大きな存在に背中を支えられている感覚も感じていました。

 

 

宇宙空間に放り出されたような感覚(宇宙に行ったことないけれど)。

身体そのものがどこかへ行ったような・・・ただただ意識だけが在る状態。

そんな心持でした。

 

 

長い道のりでした。

丹田修練を始めて丸4年。

ようやく、肚と繋がる呼吸の感覚を掴めました。

 

 

次は、常に繋がり続けることが課題です。

繋がり続け、広げたり狭めたり、高く低く、、、

 

まだまだ修練は続きます。

 

 

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加しました。

33回目の参加です。

 

 

今週は仕事でミス・修正お詫び対応などがありました。

ストレスを感じ、思考中心で過ごしていたせいもあり、

呼吸も声も通らず、苦しみながらの発声修練のスタートでした。

 

 

出ないからダメだぁ・・・と自分を否定するのではなく、

出ないなら出ないなりに出していこう。

そんな気持ちで取り組みました。

 

 

いつも以上に力が入ります。

なんとかしなければ、と力んでいます。

今週は、ずっとなんとかしなければ・・・と肩に力が入っていました。

 

やってしまったものは、なんともならないんです・・・

その後、どう対応するかなのです。

 

声を出し方と、今週の出来事を重ね合わせる自分がいました。

 

 

何度も繰り返しているうちに、

徐々にですが自分の体に意識が向き、

身体の感覚を深く深く感じることに集中していきました。

 

 

姿勢、身体の感覚、意識の置き所、脱力・・・

それら全てが一点に合わさるポイントを探し続けます。

 

 

身体は感覚を覚えてくれています。

その感覚をもう一度、もう一度感じる。

力ではなく、身体が自然と動くポイントを探るべく、

意識を向け続けました。

 

 

 

今日は時間切れでした。

意識は置けているように思うのですが、

みぞおちの辺りに力が入り、出そうとする流れを堰き止めてしまいます。

 

 

次回以降の課題として持ち帰りました。

引き続き、日々淡々と修練を重ねていきます。

 

 

 

 

 

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声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加しました。

32回目の参加です。

 

 

今回も脱力を意識して取り組みました。

無意識にお腹に力が入ってしまいます。

 

力みが息の通りを妨げるのです。

意識の置き所を、さらに下へ下へと向け続けます。

 

肚にグッと力が入るポイントがあるのです。

その一点にどうすれば意識を置き続けることができるのか・・・

 

 

探し続けること数十分。

最後の最後に、この辺りかも?

というポイントに近づいたような感覚を感じました。

 

 

息が肚の奥まで通り、声が身体全体から振動し響き渡るような感覚。

 

 

音波。空気の振動。

肚から声が出る感覚というのは、もしかしたらこの感覚なのかもしれない。

 

 

本の少し感じただけではありましたが、

感覚を感じることができたことは大きな収穫でした。

この感覚をまた感じるために、日々修練に取り組んでいこうと思います。

 

 

感じた感覚をまた感じたい。

この想いが次へのエネルギーになっているんだと、

改めて感じているところです。

 

 

 

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声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する修練会に参加してきました。

31回目の参加です。

今回は京都での開催でした。

 

 

会場が、まさかのダブルブッキングだったのです。

場所を別の部屋へ変わってもらえないだろうか・・・

開始前から事務所スタッフさんとのやりとりがありました。

 

そんな無茶な・・・という感じでしたが、

日々、丹田に意識を置く修練をしているメンバーばかり。

淡々と話合いを行い、そのまま使わせていただくことに。

 

これが、意識が上ずっていたら、

感情的に反応してしまっていたかもしれません。

丹田に意識を置き続ける修練の成果が、目に見える形で現れたようです。

 

 

 

部屋が使えるということで、修練会が始まりました。

今日は僕からスタートでした。

 

8日に東京開催の修練会に参加したばかりということもあり、

東京で感じた感覚を、今一度呼び起こしながら声を出していきました。

 

相変わらず、お腹の辺りに力が入ります。

どうすれば脱力できるのか・・・?

 

力を抜こう抜こうと、一所懸命に取り組んでみたものの、

結局、最後まで脱力~とは生きませんでした。

 

他の方の修練を見ながら、自分との違いを観察したり、

アドバイスをもらったりしていました。

 

 

姿勢が違う。というフィードバックをもらいました。

 

確かに、写真で見くらべると、腰が立っていません。

S字っぽい感じで立っています。

 

そのため、身体を支えるためにお腹(腹筋)に力が入っているようです。

 

 

「脱力しながら踏ん張る。」

意識の使い方だけで肚にグッと力が入っている状態となるよう

身体を調整しないといけません。

 

 

この矛盾した状態が、肚と繋がる鍵なのかもしれません。

 

 

次回へ向けて課題が明確になりました。

意識し続け、日々、修練に励みたいと思います。

 

 

 

 

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東京での丹田発声修練会東京プレヤーセンター内で行われました。

午前・午後の部と参加したので、お昼に行われている

「365日、お昼の礼拝」に参加しました。

 

 

祈りの前の讃美歌「もろびとこぞりて」を歌っていると、

なぜか涙が出てきました。

 

 

この世の闇路を 照らしたもう・・・

しぼめる心の 花を咲かせ・・・

 

 

自分はいままで闇の路を歩んでいたのか。。。

こころは萎んでいたのか。それでも花を咲かせようと。。。

 

口ずさみながら想いを巡らせていると、涙が溢れて・・・

 

 

12月8日(月)の「365日お昼の礼拝」

<写真>東京プレヤーセンターfacebookページより引用

 

 

この日メッセンジャーは、

神の家族主イエス・キリスト教会 牧師の田島 実先生でした。

 

実は、この日の朝、田島先生のお母さまが天に召されました。

そんな日にも関わらず、365日の礼拝のために来られていました。

 

 

母が亡くなった。

どれほどの悲しみだったか・・・

 

 

気が付けば、自分事に置き換えて考えていました。

僕の父も母も二人とも健在です。

もし、父母が居なくなったら・・・

 

また涙が溢れてきました。

 

居なくなるなんて悲しすぎる。

もっと、一緒に過ごしたい。

もっと顔を見ておきたい。

ぬくもりを感じていたい。

 

孫たちの顔を見せてあげれなくて。

離婚していなかったら、もっと孫たちと過ごせたのに。

家族みんなで過ごせれたのに・・・

 

 

 

こんな息子で申し訳なく、情けなく、、、

 

 

 

その時、気づきました。

 

「罪悪感」

 

自分を否定し、罪悪感を抱えていたことに。

 

 

 

この「罪悪感」に気づかせるために、

僕を東京に向かわせ、お昼の礼拝に出るように導いてくれたのか。。。

 

 

 

田島先生との巡りあわせもあり、大きな大きな氣づきを得た

お昼の礼拝の時間でした。

 

 

ありがとうございます。

田島先生のお母さまの御霊が安らかでありますように。

田島先生の悲しみが癒されますように。

 

 

ありがとうございました。

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する修練会に参加してきました。

今回は東京での開催でした。

大阪の会と合わせると、30回目の参加になります。

 

 

前回の大阪の時に感じ取った感覚を、もう一度確認したい想いもあり、

平日開催ではありましたが、お休みを取って参加しました。

 

今回は10数名の参加と人数も多く、大阪開催とは違った雰囲気でした。

一人一人、姿勢・意識の置き所・声・を確認していきました。

 

順番が回ってくるまで、各々自由に声を出したり、呼吸に集中していました。

 

 

僕の順番が回ってきました。

10数人の前に立つ、ということで周囲へ意識は向きがちでした。

それでも、以前とは違い、ドキドキ緊張することはありませんでした。

 

 

いざ、意識を身体にむけて呼吸に集中しました。

 

 

息が出ていく流れに、自然と声が乗る。

この、身体の動きと呼吸とが自然と連動する感覚は

前回より明確に感じ取ることができました。

 

 

ただ、周囲の声が気になる自分がいました。

周りの意識・声に引っ張られないよう、自分の体に意識を向け続けました。

 

小さな小さな呼吸音を聞き取ろうと集中します。

 

周囲の声が邪魔に感じる。

小さな自分の音が聞こえない。

静かにしてほしい・・・

 

それでも、自分に意識を向け続ける。

 

 

10分足らずの時間でしたが、意識を切らさず出来たように思います。

 

以前の僕だったら、

周囲の音に気を取られ、

集中できに自分に嫌気をさし、ブチ切れて投げ出していたでしょう・・・

 

 

 

自分に意識を置き続けると、周囲の雑音も気にならなくなる。

収穫が一つありました。

 

 

生き方にも通じるんだなと、終わってから思いました。

 

信じ念ずるものを明確に肚の底にもっていると、

何があろうとも自分の信じた道を歩むことができる。

 

 

肚の力があるからこそ、自分を生きることができるんだな。

 

 

息は生き方。

改めて”息=呼吸”の大切さを感じた瞬間でした。

 

 

 

〔教会の一室を借りての修練会でした〕

 

 

 

東京での開催とあり、

セミナーで知り合った東京組みの方々と数年振りに顔を合わせることができました。

Zoomでは2,3年対話、顔合わせしてた方とも、初リアル対面もできました。

春名さんを通したご縁に感謝です。

 

 

行こうかどうか迷っていましたが、お休み取って参加してよかったです。

行きたいんだけどどうしよう~、、、

行きたい想いがあるなら、行ってみる。

 

 

想いを掬い取って行動することの大切さも感じた一日でした。

 

 

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加してきました。

29回目の参加です。

 

 

前回から今日までの約1ケ月、身体の感覚と呼吸に意識を向けていました。

自分が身体のどの部分で呼吸しているか?

 

どうも”胸”の辺りで息を吸って吐いていることが多かったように思います。

 

胸が動いている。

違う違う。肚に意識を向けよう。

 

あっ。また胸が動いている。

肚を動かして吐いて・吸ってを繰り返そう。

 

気づいては、肚に意識を向け。

また、気づいては、肚に意識を向ける。

この繰り返しでした。

 

 

そもそも、

胸の辺りまで意識が上がってしまっているのは何故だろう?

何か氣が上ずってしまう要因があるようです。

 

 

 

そんな状態でスタートした、今日の修練会。

初めは、声の出し方さえ忘れてしまった状態でした・・・

 

 

 

それでも、身体はちゃんと覚えていました。

姿勢を正し、意識を肚に向け続けると、肚で呼吸する感覚を取り戻しました。

 

肚で呼吸をすることを取り戻してからが、また壁が立ちはだかります。

力が入って、息が通りません。。。

 

 

肚は毬のようにぽんぽこポンに膨らんでいる。

膨らませたり、萎もたりもできる。

 

でも、

この肚の動きと、呼吸(息の出入り)が連動しないんです。

 

 

 

春名師匠に質問を交えつつ、しばらく試行錯誤が続きました。

自然と出てしまう状態。

この感覚を掴めるまで、何度も繰り返しました。

 

 

そうしているうちに、息を吐くと同時に、

呻き声のような、喘ぎ声のような、裏声のような、

声にもならない声というか音が出始めました。

 

 

肚の動きと呼吸とが連動し、

声にしようとしなくても、声になる感覚をようやく掴めたようです。

 

 

 

声となって出るまで待つ。

 

 

 

待てなかったようです。

待てず、すぐに結果を求め、音を出そうとしていたようです。

 

 

 

 

生き方そのものだな。と感じました。

何かをやれば、すぐに結果がでる。と思う短絡的な試行。

 

すぐにすぐに。早く早く。

 

 

 

「息は生き方。」

 

 

 

今回も、改めて「息と生き方」が繋がっていることを思い知らされました。

 

 

 

 

 

※次回は12月20日(土) 京都での開催予定です。

 

秋らしい日が続いています。

気晴らしに河川敷を歩いてきました。

何か歩きたくなるようなモヤモヤがあるようなんです・・・

 

 

歩き始めると目に入ってくるものがあります。

バッタ、カマキリ。

どんぐり、野薔薇の実、烏瓜。

 

 

つい捕まえてみたり、拾ってしまうのです。

どんぐりを拾いました。

綺麗な形、綺麗な色のものはどれだろう。

拾ってはポッケに入れていきます。

リスになったような感じです。

 

あっという間にポケットがいっぱいになりました。

 

 

ポケットがいっぱいになったので、散歩を続けました。

 

 

今度はオレンジ色に熟した烏瓜が目に入ってきました。

背伸びして蔓を引っ張りだします。

鈴なりに実がついた蔓。

1個だけ実が付いた蔓。

 

 

あっという間に、10数個の実が採れました。

 

少し乾燥させると、リースやアレンジの素材に使えるかもしれない。

 

 

 

虫を捕まえたり、実を拾ったり。

子供の頃も夢中になってやっていたな。

 

ただひたすた探して捕まえる。

ただひたすら拾い続ける。

 

 

捕まえてどうしようとか、拾ってどうしようとか、

そんなことも考えず、

ただただひたすら何かをし続けることに夢中になる。

 

 

この時間が一番幸せなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

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