声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加しました。

32回目の参加です。

 

 

今回も脱力を意識して取り組みました。

無意識にお腹に力が入ってしまいます。

 

力みが息の通りを妨げるのです。

意識の置き所を、さらに下へ下へと向け続けます。

 

肚にグッと力が入るポイントがあるのです。

その一点にどうすれば意識を置き続けることができるのか・・・

 

 

探し続けること数十分。

最後の最後に、この辺りかも?

というポイントに近づいたような感覚を感じました。

 

 

息が肚の奥まで通り、声が身体全体から振動し響き渡るような感覚。

 

 

音波。空気の振動。

肚から声が出る感覚というのは、もしかしたらこの感覚なのかもしれない。

 

 

本の少し感じただけではありましたが、

感覚を感じることができたことは大きな収穫でした。

この感覚をまた感じるために、日々修練に取り組んでいこうと思います。

 

 

感じた感覚をまた感じたい。

この想いが次へのエネルギーになっているんだと、

改めて感じているところです。

 

 

 

今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。

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声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する修練会に参加してきました。

31回目の参加です。

今回は京都での開催でした。

 

 

会場が、まさかのダブルブッキングだったのです。

場所を別の部屋へ変わってもらえないだろうか・・・

開始前から事務所スタッフさんとのやりとりがありました。

 

そんな無茶な・・・という感じでしたが、

日々、丹田に意識を置く修練をしているメンバーばかり。

淡々と話合いを行い、そのまま使わせていただくことに。

 

これが、意識が上ずっていたら、

感情的に反応してしまっていたかもしれません。

丹田に意識を置き続ける修練の成果が、目に見える形で現れたようです。

 

 

 

部屋が使えるということで、修練会が始まりました。

今日は僕からスタートでした。

 

8日に東京開催の修練会に参加したばかりということもあり、

東京で感じた感覚を、今一度呼び起こしながら声を出していきました。

 

相変わらず、お腹の辺りに力が入ります。

どうすれば脱力できるのか・・・?

 

力を抜こう抜こうと、一所懸命に取り組んでみたものの、

結局、最後まで脱力~とは生きませんでした。

 

他の方の修練を見ながら、自分との違いを観察したり、

アドバイスをもらったりしていました。

 

 

姿勢が違う。というフィードバックをもらいました。

 

確かに、写真で見くらべると、腰が立っていません。

S字っぽい感じで立っています。

 

そのため、身体を支えるためにお腹(腹筋)に力が入っているようです。

 

 

「脱力しながら踏ん張る。」

意識の使い方だけで肚にグッと力が入っている状態となるよう

身体を調整しないといけません。

 

 

この矛盾した状態が、肚と繋がる鍵なのかもしれません。

 

 

次回へ向けて課題が明確になりました。

意識し続け、日々、修練に励みたいと思います。

 

 

 

 

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東京での丹田発声修練会東京プレヤーセンター内で行われました。

午前・午後の部と参加したので、お昼に行われている

「365日、お昼の礼拝」に参加しました。

 

 

祈りの前の讃美歌「もろびとこぞりて」を歌っていると、

なぜか涙が出てきました。

 

 

この世の闇路を 照らしたもう・・・

しぼめる心の 花を咲かせ・・・

 

 

自分はいままで闇の路を歩んでいたのか。。。

こころは萎んでいたのか。それでも花を咲かせようと。。。

 

口ずさみながら想いを巡らせていると、涙が溢れて・・・

 

 

12月8日(月)の「365日お昼の礼拝」

<写真>東京プレヤーセンターfacebookページより引用

 

 

この日メッセンジャーは、

神の家族主イエス・キリスト教会 牧師の田島 実先生でした。

 

実は、この日の朝、田島先生のお母さまが天に召されました。

そんな日にも関わらず、365日の礼拝のために来られていました。

 

 

母が亡くなった。

どれほどの悲しみだったか・・・

 

 

気が付けば、自分事に置き換えて考えていました。

僕の父も母も二人とも健在です。

もし、父母が居なくなったら・・・

 

また涙が溢れてきました。

 

居なくなるなんて悲しすぎる。

もっと、一緒に過ごしたい。

もっと顔を見ておきたい。

ぬくもりを感じていたい。

 

孫たちの顔を見せてあげれなくて。

離婚していなかったら、もっと孫たちと過ごせたのに。

家族みんなで過ごせれたのに・・・

 

 

 

こんな息子で申し訳なく、情けなく、、、

 

 

 

その時、気づきました。

 

「罪悪感」

 

自分を否定し、罪悪感を抱えていたことに。

 

 

 

この「罪悪感」に気づかせるために、

僕を東京に向かわせ、お昼の礼拝に出るように導いてくれたのか。。。

 

 

 

田島先生との巡りあわせもあり、大きな大きな氣づきを得た

お昼の礼拝の時間でした。

 

 

ありがとうございます。

田島先生のお母さまの御霊が安らかでありますように。

田島先生の悲しみが癒されますように。

 

 

ありがとうございました。

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する修練会に参加してきました。

今回は東京での開催でした。

大阪の会と合わせると、30回目の参加になります。

 

 

前回の大阪の時に感じ取った感覚を、もう一度確認したい想いもあり、

平日開催ではありましたが、お休みを取って参加しました。

 

今回は10数名の参加と人数も多く、大阪開催とは違った雰囲気でした。

一人一人、姿勢・意識の置き所・声・を確認していきました。

 

順番が回ってくるまで、各々自由に声を出したり、呼吸に集中していました。

 

 

僕の順番が回ってきました。

10数人の前に立つ、ということで周囲へ意識は向きがちでした。

それでも、以前とは違い、ドキドキ緊張することはありませんでした。

 

 

いざ、意識を身体にむけて呼吸に集中しました。

 

 

息が出ていく流れに、自然と声が乗る。

この、身体の動きと呼吸とが自然と連動する感覚は

前回より明確に感じ取ることができました。

 

 

ただ、周囲の声が気になる自分がいました。

周りの意識・声に引っ張られないよう、自分の体に意識を向け続けました。

 

小さな小さな呼吸音を聞き取ろうと集中します。

 

周囲の声が邪魔に感じる。

小さな自分の音が聞こえない。

静かにしてほしい・・・

 

それでも、自分に意識を向け続ける。

 

 

10分足らずの時間でしたが、意識を切らさず出来たように思います。

 

以前の僕だったら、

周囲の音に気を取られ、

集中できに自分に嫌気をさし、ブチ切れて投げ出していたでしょう・・・

 

 

 

自分に意識を置き続けると、周囲の雑音も気にならなくなる。

収穫が一つありました。

 

 

生き方にも通じるんだなと、終わってから思いました。

 

信じ念ずるものを明確に肚の底にもっていると、

何があろうとも自分の信じた道を歩むことができる。

 

 

肚の力があるからこそ、自分を生きることができるんだな。

 

 

息は生き方。

改めて”息=呼吸”の大切さを感じた瞬間でした。

 

 

 

〔教会の一室を借りての修練会でした〕

 

 

 

東京での開催とあり、

セミナーで知り合った東京組みの方々と数年振りに顔を合わせることができました。

Zoomでは2,3年対話、顔合わせしてた方とも、初リアル対面もできました。

春名さんを通したご縁に感謝です。

 

 

行こうかどうか迷っていましたが、お休み取って参加してよかったです。

行きたいんだけどどうしよう~、、、

行きたい想いがあるなら、行ってみる。

 

 

想いを掬い取って行動することの大切さも感じた一日でした。

 

 

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加してきました。

29回目の参加です。

 

 

前回から今日までの約1ケ月、身体の感覚と呼吸に意識を向けていました。

自分が身体のどの部分で呼吸しているか?

 

どうも”胸”の辺りで息を吸って吐いていることが多かったように思います。

 

胸が動いている。

違う違う。肚に意識を向けよう。

 

あっ。また胸が動いている。

肚を動かして吐いて・吸ってを繰り返そう。

 

気づいては、肚に意識を向け。

また、気づいては、肚に意識を向ける。

この繰り返しでした。

 

 

そもそも、

胸の辺りまで意識が上がってしまっているのは何故だろう?

何か氣が上ずってしまう要因があるようです。

 

 

 

そんな状態でスタートした、今日の修練会。

初めは、声の出し方さえ忘れてしまった状態でした・・・

 

 

 

それでも、身体はちゃんと覚えていました。

姿勢を正し、意識を肚に向け続けると、肚で呼吸する感覚を取り戻しました。

 

肚で呼吸をすることを取り戻してからが、また壁が立ちはだかります。

力が入って、息が通りません。。。

 

 

肚は毬のようにぽんぽこポンに膨らんでいる。

膨らませたり、萎もたりもできる。

 

でも、

この肚の動きと、呼吸(息の出入り)が連動しないんです。

 

 

 

春名師匠に質問を交えつつ、しばらく試行錯誤が続きました。

自然と出てしまう状態。

この感覚を掴めるまで、何度も繰り返しました。

 

 

そうしているうちに、息を吐くと同時に、

呻き声のような、喘ぎ声のような、裏声のような、

声にもならない声というか音が出始めました。

 

 

肚の動きと呼吸とが連動し、

声にしようとしなくても、声になる感覚をようやく掴めたようです。

 

 

 

声となって出るまで待つ。

 

 

 

待てなかったようです。

待てず、すぐに結果を求め、音を出そうとしていたようです。

 

 

 

 

生き方そのものだな。と感じました。

何かをやれば、すぐに結果がでる。と思う短絡的な試行。

 

すぐにすぐに。早く早く。

 

 

 

「息は生き方。」

 

 

 

今回も、改めて「息と生き方」が繋がっていることを思い知らされました。

 

 

 

 

 

※次回は12月20日(土) 京都での開催予定です。

 

秋らしい日が続いています。

気晴らしに河川敷を歩いてきました。

何か歩きたくなるようなモヤモヤがあるようなんです・・・

 

 

歩き始めると目に入ってくるものがあります。

バッタ、カマキリ。

どんぐり、野薔薇の実、烏瓜。

 

 

つい捕まえてみたり、拾ってしまうのです。

どんぐりを拾いました。

綺麗な形、綺麗な色のものはどれだろう。

拾ってはポッケに入れていきます。

リスになったような感じです。

 

あっという間にポケットがいっぱいになりました。

 

 

ポケットがいっぱいになったので、散歩を続けました。

 

 

今度はオレンジ色に熟した烏瓜が目に入ってきました。

背伸びして蔓を引っ張りだします。

鈴なりに実がついた蔓。

1個だけ実が付いた蔓。

 

 

あっという間に、10数個の実が採れました。

 

少し乾燥させると、リースやアレンジの素材に使えるかもしれない。

 

 

 

虫を捕まえたり、実を拾ったり。

子供の頃も夢中になってやっていたな。

 

ただひたすた探して捕まえる。

ただひたすら拾い続ける。

 

 

捕まえてどうしようとか、拾ってどうしようとか、

そんなことも考えず、

ただただひたすら何かをし続けることに夢中になる。

 

 

この時間が一番幸せなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

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久々に書いてみようと思いパソコンに向かっています。

 

少しお休みしていました。

書くことを休んでいると、お腹の中に”何か”が

留まっていっているような感覚になってきました。

 

”何か”を出したい。出そう。とする想いがあるようなんです。

 

 

このまま立ち止まっていると、

またずっと立ち止まったままになる。。。という、想いもあるでしょう。

 

 

ふと、10年後に意識を向けた時でした。

このまま流されるままに流される生き方を選んでいると、

突然、世の中に放り出されてしまうのか・・・という考えが湧いてきました。

 

そんなのは嫌だ。。。

周りの世界は明るく輝いているいるのに、僕一人だけ暗闇の中。

お腹の辺りが苦しい…

 

穴に籠って身動き取れない状態。

春が来ても夏が来ても、一人「冬眠」しつづけている。

 

 

冬眠暮らしが長すぎて、外の世界に出るのが怖い・・・のかな。

冬眠の暮らしが快適なようだ。

 

 

 

ぽかぽか陽気に木陰で休みのも気持ちよさそうだよね。

出入口に出てみるのもいいのかも。

 

 

ここにいるよ。

中へどうぞ。

静かな空間で心静かに過ごせるよ。

 

 

 

そんな在り方でもいいのだろう。

 

 

 

 

今日が冬眠用の穴から、

ひょっこり顔を出したような日なのかもしれない。

 

静かに対話できる空間へようこそ。

 

 

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声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加してきました。

28回目の参加です。

 

 

前回で掴みかけた、

肚の動きに呼気・吸気を連動させるべく修練を行いました。

 

掴みかけたものの、その感覚がまたどこかへ行ってしまいました。

出そうとして、お腹・胸・肩に力が入ってしまいます。

 

 

脱力~脱力~・・・

身体に意識を向け、骨で骨支える構造へと意識を向け続けます。

 

脱力しようとして、力んでしまう。

矛盾した苦しい状態が続きました。

 

 

それなら、前回同様、

肚に体重をかけてもらい、その重みを肚の膨らみでもって

押し返す方法を取り入れみました。

 

強制的に、肚の動きと呼吸とを連動させようと取り組みました。

 

しばらくやっていましたが、

今日はなんだか力みばかりで、

肚は動くが、呼気吸気となかなか繋がらりませんでした・・・

 

 

 

交代して、再び順番が回ってくるまで、

肚に意識を置くよう意識し続けました。

 

 

次に順番が回ってきたときには、姿勢を正し、顎の力を抜く。

立ち姿勢で取り組みました。

 

呼吸が通り、自然と声が出てしまう状態となるよう意識します。

 

 

あごの力が抜け、一瞬ではありますが、声がす~っと出ました。

でも、この一回だけでした。

 

力を抜くコツのような感覚は掴めたのか、

その後も、以前よりは力が抜け息が通っている感覚は感じました。

 

 

今回はここまででした。

次回への課題ということで、

脱力・肚と息の連動に意識を向け日々取り組んでいこうと思います。

 

 

 

 

来月も大阪で開催予定です。。

興味ある方は、春名氏のHPを訪れてみて下さい。

 

 

声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加してきました。

27回目の参加です。

 

 

前回から、肚へ意識を置く感覚を感じ始めたこともあり、

日々の修練でも肚で呼吸することを意識し続けた1ケ月でした。

 

意識し続けたこともあり、今日も肚を動かすことはできていました。

ただ、肚を動かすことと呼吸・息を吐き出す動きが

連動していませんでした。

 

肚動くが、呼吸は喉で出す。

なんかおかしなことをやっていました。

 

 

そこで、床に横になり肚で呼吸することになりました。

春名師匠が、僕の肚に手をのせ、上から体重と圧をかける方法です。

 

それを何度も何度も繰り返し行いました。

そのうち、肚で息を吐くという動作ができ始めました。

 

 

声・音にも変化がありました。

音の出る位置が喉から、だんだんと下がってきました。

 

言葉で表現すると、

声を出す。のではなく、出てしまう。状態へとなったのです。

 

 

声の響きと広がりが変わったように感じました。

一度感覚を掴むと、その後は、何度かできるようになっていました。

 

 

最後は、立った状態で肚から声を出します。

姿勢が変わると、また喉の周辺に力が入ってしまいました。

 

自然と出せる状態なのに、

力でなんとかしようとして、出来なくしてしまっているです。

 

 

生き方が”息の出し方”に現れていました。

そんなことにも氣づかされました。

 

 

何度か繰り返していると、フッと緩む瞬間が訪れました。

その感覚を感じたのは、その一度きりでした。

 

 

 

自然と出る。

息は生き方そのもの。

 

 

今回の収穫でした。

 

 

 

次回は、再来週の10月11日です。

興味ある方は、春名氏のHPを訪れてみて下さい。

 

 

 

息を通して、生き方を見つめなおす機会になると思います。

 

 

 

 

 

今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。

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声を通じて自分自身と向き合う丹田発声修練会。

 

本氣塾主宰の春名氏が開催する大阪での修練会に参加してきました。

26回目の参加です。

 

 

今回は、一番初めの順番でした。

仕事が忙しかったり、身体が怠かったりで、

意識が浮いているかなと思っていました。

 

 

始めてみると身体は覚えているのか、

姿勢を整え、骨に意識を向け、意識を下へ下へと向けていきました。

 

今回も声を出そうとした途端、お腹・胃の辺りがギュッと締まって

力が入ってしまう状態になってしまいました。

 

 

前回までとの違いは、

力が入ると、否定し、無理やり脱力しようとしていましたが、

今回は、力が入っているんだね。緩めていいんだよ。と、

身体を労わり、語りかけるように向き合えました。

 

 

無意識に力んではいましたが、意識は肚の方へと下がっていたようです。

写真・動画を取ってくださった、丹田先輩がそうおっしゃっていました。

 

自分ではわからなかったのですが、数年来お付き合いもあり

毎回お互いの状態を見て聞いているからこそ感じることだと思います。

 

素直に受け止め、出来るようになっているんだな、と

身体に向けて声をかえてあげようと思います。

 

 

修練会から帰ってきて、今こうして書いていますが、

身体に意識を向けても、力の入り過ぎによる筋肉痛もなく、

喉が痛くなったりしていないので、

いつになく、力まず、発声できていたのだろう。

 

 

息詰まっていたように感じていた、ここ数週間ですが、

今日の修練会で感じた身体の緩み、状態をさらに修練し、

本当の意味での「脱力=身を任せる」状態となっていければいいな。

 

 

 

今日は一週間ぶりのブログ更新。

書いていて感じたことは、「休んだとしても、また書ける」ということです。

休みことに対する罪悪感も薄まったように思います。

 

書いたり、休んだり、書いたり。

想いのままを出していこう。

これでいいんだと思った。

 

 

 

 

今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。

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