1ドル=160円まで進んだ円安が話題になっている。円安は輸出に強い大手企業の業績を引き上げ、賃上げに一役買った面があるものの、食料やエネルギーの多くを輸入に頼る日本にとっては物価上昇が心配される。足元は「過度な円安」ともいわれ、マイナス面が色濃くなりつつある。

「年収300万円台で暮らせるの?」。採用支援会社の「ASIA to JAPAN」(東京・台東)の三瓶雅人社長は4月、中国・上海で現地の大学生から真顔で聞かれた。ある日本企業の1年目の年収や東京都内での生活費を説明するうちに学生の顔は曇った。

10年ほど前は日本企業の年収を紹介するたびに、中国人学生が「おー」と歓声をあげた。いまは反応がない。三瓶社長は「最近の円安でとどめを刺された。中国沿岸部、台湾、韓国の優秀な学生はとれない」と語る。

もともと日本の賃金水準は先進国では低かった。経済協力開発機構(OECD)の直近データによると、米ドル換算の平均賃金は38カ国中25位にとどまる。足元の円安で海外から見た賃金水準は一段と見劣りする。高度人材や、人手不足の現場を支える技能実習生の確保も難しくなってくる。

働く場所としての日本の魅力が薄れれば、日本人の視線も自然と海外に向く。奈良県出身の福本赳司さん(30)は2023年11月にワーキングホリデービザを取得してカナダに渡り、レストランの調理スタッフとして働く。

時給は22カナダドル(約2500円)で労働時間は平均で週40時間だ。「働く時間が短い割にかなり稼げる。チップ含めて月収は40万円を超える」と話す。渡航から半年ほどで100万円以上ためた。

日本ワーキング・ホリデー協会(東京・渋谷)の担当者は「円安の進行で海外で稼ごうとする人が増えている」と説明する。一番人気はオーストラリアだ。同国政府によると、ワーキングホリデービザの発給を受けた日本人は23年6月までの1年間で1万4398人となり、比較できる06年以降で最多となった。

 

豪州の最低時給は2300円ほどで「飲食店やアパレル店、農場で働いて1年で100万~200万円ためる人も多い」(同協会)という。

ただ、海外留学には逆風が吹く。

米国などへの留学に必要な英語能力テスト「TOEFL iBT」の受験料は1回245ドルかかる。足元では4万円近くになり、日本人に人気のTOEIC(7810円)の5倍ほどだ。

生活費を含めた関連費用も高くなっている。「早めに両替しておけばよかったかも」。都内に住む渡辺眞子さん(23)は悔やむ。24年3月に大学を卒業し、韓国の語学学校への9月入学に向けてアルバイト生活を送る。

1年間の学費と寮費は合わせて1千万ウォン強。23年4月末に1ウォン=0.102円台だった為替相場は1年後に0.116円台と円安に振れた。年間経費は15万円ほど膨らみ120万円程度となる。留学支援の留学ジャーナル(東京・新宿)の担当者は「大学生の留学は減少傾向にある」と話す。

日本は人口減少下でこれまで海外からの人材獲得に力を入れてきた。しかし、日本は経済を成長させる改革を先送りした結果、いまや過度な円安によって外国人の旅行客は増えても、働く外国人には選ばれない国になりつつある。円安にもほどがあるということか。

(山崎純)