海外勢を中心に日銀の「追加利上げ」を早期に迫る動きが出始めている。足元で止まらない円安を背景に、欧米のように日本でも継続的な利上げを迫られる可能性を意識するためだ。1%を超す水準まで利上げに追い込まれるシナリオを、市場はじわり織り込みつつある。

「年内あと1〜2回の利上げがあると思っているが、円安が進めば進むほど利上げが前倒しになるリスクがある」。ピムコジャパンリミテッドの覚知禎・日本債ポートフォリオ・マネージャーはこう話す。

日本の債券市場では3月19日に日銀が決めたマイナス金利解除以降も落ち着いた推移が続いている。日銀が2月末以降、マイナス金利の早期解除に向けた情報発信を続けてきたことで市場参加者のポジションが金利上昇を見据えた債券売りに偏っていたためだ。

ところが様相が異なる市場がある。

「これほど早く海外勢が次の利上げを見込んで仕掛けてくるとは思わなかった」。ある外資系証券の金利トレーダーは話す。攻勢を強めるのは金融派生商品(デリバティブ)の一種で変動金利と固定金利を交換する「金利スワップ市場」だ。

変動金利として無担保コール翌日物金利を用いる「翌日物スワップ(OIS)」取引のうち「2年」「3年」など金融政策を反映しやすい中期ゾーンで、固定金利を払い変動金利を受け取る取引を増やしている。

 

この取引は実質的に「国債を空売りする」のと同じ経済効果を持つ。海外勢が日本の金利市場で取引をする際に、銘柄間の流動性の差などがある現物の国債よりも売買しやすいため、海外勢の主戦場になりやすい。

2022年夏ごろ、日銀が設定する長期金利の上限突破を狙う「YCC(長短金利操作)アタック」をしていたころにも、国債市場と同様に「スワップの払い」が目立っていた。

ただ22年夏と大きな違いがある。複数の証券会社の取引担当者らは「足元で動いているのはYCCアタックのような『観光客』ではなく、日本の国債市場をよく知る昔ながらの海外投資家だ」と証言する。

 

YCCアタックで訪れたヘッジファンドなどの「観光客」は主に現物債の空売りを手がけてきた。だが日銀が国債の貸し出しを絞るなどの対策で空売りを難しくしたため、損失が膨らみ日本の債券市場から撤退を余儀なくされた。

「海外勢は円相場が1ドル=160円台まで下落すれば日銀が1%を超える水準まで政策金利を引き上げる可能性もあるとみて新たなポジションを構築し始めている」とシティグループ証券の松本圭太市場営業本部長は指摘する。一部では1.5%まで引き上げる可能性を指摘する声も聞かれる。

円安が進めば日銀の目標である2%を既に上回る物価上昇率を一段と押し上げかねない。大和証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストも「物価に影響するような円安が定着する場合、日銀が利上げに追い込まれるシナリオはあり得る」とみる。

22年3月に米連邦準備理事会(FRB)が利上げを開始する前後から、新興国を中心に多くの国が通貨下落を防ぐための利上げに迫られてきた。自国通貨を買い支える為替介入は外貨準備を取り崩す必要があり、無制限に実施できるわけではないためだ。

外貨準備を潤沢に持つ日本でも介入は最終手段で、対外的な通貨価値を保つ常道は利上げ――。そんな思惑がスワップ市場に透ける。

スワップが主導する形で、まだ金利動向に大きな動きが見られていない国内の債券市場にも金利上昇圧力がかかりつつある。

大阪取引所に上場する長期国債先物の売買動向をみると、海外勢は3月11〜15日に長期国債先物を20年8月以来の規模となる1兆9964億円売り越した。翌週の18〜22日にも9287億円を売り越しており、先物に売りが目立ち始めた。

 

国内の債券市場に占める海外勢の存在感は増している。日本証券業協会のデータを基に売買動向をみると、短期国債を除く国債の売り付け額・買い付け額の合計(債券ディーラーの売買を除く)に占める海外勢の比率は23年12月に初めて5割を超えた。直近の2月まで3カ月連続で5割超が続いている。

三井住友トラスト・アセットマネジメントの稲留克俊シニアストラテジストは「政策の不透明感が強まる際には国内勢の売買はさらに目立たなくなる傾向がある」と分析し、「今後の利上げ局面では、これまで以上に国債利回りが上昇しやすくなる可能性がある」と指摘する。

住宅ローン固定金利が連動しやすい10年物国債利回りなどにも上昇圧力が強まりかねない。

多くの国内市場参加者は年内の利上げは1回と予想しており、「2回利上げを織り込む取引は盛り上がっていない」(大手国内証券の債券ディーラー)。日銀の慎重な姿勢に加え、経済の実力である潜在成長率が0.7%程度の日本では1%を超えるほどの利上げは景気を下押ししかねないとの見方が根底にあるからだ。

足元で34年ぶりの水準まで下落した円相場。円安進行を止めるための急激な利上げか、国内景気重視の低金利維持か。22年以降に多くの国が直面した難しい問題が日銀にも投げかけられている。(佐伯遼)

▼金利スワップ取引 変動金利を固定金利と一定期間交換する取引で、金融派生商品(デリバティブ)の一種。想定する元本を取り決めた上で金利部分のみをやりとりするため、実際のお金を貸し借りするよりも少ない金額の移動で済む。
「固定金利の支払い・変動金利の受け取り」の契約を結ぶと、相手方に「年1%」など契約時に固定した金利を支払うとともに、市場で取引された実際の変動金利から計算した金額を受け取る。実質的には固定金利の国債を空売りした上で、受け取った代金を短期金融市場で変動金利で運用するのと似た取引となる。