東京はすっかり梅雨入りして、6月だというのになんだか肌寒い一日ですね。

そういえば先日、しとしとと降る雨を見ながらあることを考えていました。

雨は少量であればあるほど目には見えにくくはなりますが、

『そもそもあんな透明で小さな液体が何故人間の目に映り認識することができるのか⁇』

ということです。

もちろん答えは、『周りに透明色以外の他色のモノ達が存在しているから』です。(多分…)

この世が透明色一色だけで統一された世界であれば、雨の存在を目で確認するのは恐らく不可能でしょう。

もちろんそうすると色の概念すらなくなりますから、その世界には何も存在していないのと同じことになります。(むしろその世界こそが真実なのかも…⁇)

ブッダさんが言うところの「全ては無である」という意味がなんとなく理解できる気がします。

そして裏を返せば…

周りに多くのヒトがいて、たくさんのモノがあって、大自然の中で囲まれているからこそ自分が存在できるのだと気付くこともできます。

他の存在全てに対して感謝の気持ちが込み上げてきますね。

やっぱり自分という存在は、自分の好き嫌い関係なく他の全てによって生かされています。

今日も本当にありがとうございました。







iPhoneからの投稿