例えば道を歩いていて、目の前に大きな落とし穴が掘ってあるのを見つけたとします。
それに気付いた自分は、その落とし穴を造った本人に注意するため、まずはその穴の詳細について調べるとします。
地面を這うようにして(直線上で)見るだけではその穴の存在すら気付けません。
また、そんなに大きな穴も真上(平面上)から見るだけでは穴が空いているのかすら分からなくなってしまいます。
その穴がどんな大きさでどれ程の勾配でどこまで深いのか…など多くの情報を得るためには、
水平面近くから見たり、垂直線上近くから覗き込んでみたり、横に回ったり前に回ったりと多角的なバランスの取れた視点からの観察が必要となります。
…
人の身体を診る時も上記のことと全く同じだと思います。
ある一定の角度からの視点に偏っていては、その人が機能低下や病気を起こした本質的な原因(落とし穴)を見つけることはできません。
多角的なバランスの取れた視点(筋肉、関節、内臓、メンタル、エネルギーetc)で身体を診ることによって初めてその原因体が明確に浮かび上がってきます。
そして原因(落とし穴)を見つけたら、当の本人は大きな落とし穴を“自分で”掘っていたことすら自覚できていない場合が多いですから、
まずは本人にその穴(原因)の詳細までを自覚させることが必要になります。(そうしないと症状が更に悪化したり、他の人にまで被害が及びます。)
その後は、穴埋めをできる限り自分自身でさせたり、自分も一緒に手伝ったりと実践的な動きが必要となるでしょう。
…
今日は慣れない電車の中でこんな妄想にも似たことを考えながら長い時間を過ごしていました。
人の健康に携わるとはこういうことだろうなぁとしみじみと思います。
iPhoneからの投稿
それに気付いた自分は、その落とし穴を造った本人に注意するため、まずはその穴の詳細について調べるとします。
地面を這うようにして(直線上で)見るだけではその穴の存在すら気付けません。
また、そんなに大きな穴も真上(平面上)から見るだけでは穴が空いているのかすら分からなくなってしまいます。
その穴がどんな大きさでどれ程の勾配でどこまで深いのか…など多くの情報を得るためには、
水平面近くから見たり、垂直線上近くから覗き込んでみたり、横に回ったり前に回ったりと多角的なバランスの取れた視点からの観察が必要となります。
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人の身体を診る時も上記のことと全く同じだと思います。
ある一定の角度からの視点に偏っていては、その人が機能低下や病気を起こした本質的な原因(落とし穴)を見つけることはできません。
多角的なバランスの取れた視点(筋肉、関節、内臓、メンタル、エネルギーetc)で身体を診ることによって初めてその原因体が明確に浮かび上がってきます。
そして原因(落とし穴)を見つけたら、当の本人は大きな落とし穴を“自分で”掘っていたことすら自覚できていない場合が多いですから、
まずは本人にその穴(原因)の詳細までを自覚させることが必要になります。(そうしないと症状が更に悪化したり、他の人にまで被害が及びます。)
その後は、穴埋めをできる限り自分自身でさせたり、自分も一緒に手伝ったりと実践的な動きが必要となるでしょう。
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今日は慣れない電車の中でこんな妄想にも似たことを考えながら長い時間を過ごしていました。
人の健康に携わるとはこういうことだろうなぁとしみじみと思います。
iPhoneからの投稿