ーーーナファロア王国 スベロア公領

イルーニャ女公レオノールの婚約者ルイスは成人前に留学した事があった



然し留学と言うのは建前
実は王国内で燻り始めた内戦から逃れる為の措置…いわゆる亡命だった

ルイスの父フェルナンド公は王都イルーニャへ出仕している事が多く、内戦の予兆を素早く察知していたのだ



そして手始めに公世子マリアを公妃コンスタンサの実家アラバ王国の郊外地区(アラバ王国の都ハスティスは深刻な飢餓状態に見舞われていた)へ…

スペアと見做されていた公子ルイスは公女(叔母)フランシスカの嫁ぎ先バスク公国へ亡命させた





君主不在の公国は、君主ホアキン公の実弟にして叔母フランシスカの夫パブロ=ギジェルモが摂政を務めていた

夫妻は実子ウラカの他に、兄ホアキン公の庶子アロンソを引き取り養育していた

ルイスはウラカやアロンソと親交を深め、様々な事を学んだ

そして内乱が収束して成人と同時に帰国、然し同年に実母イネスを亡くした



公妃コンスタンサの子として肩書を有している以上、側妻を実母として扱う事は無い…然しルイスは親の死に伴う服喪期間を厳守した

王太子との婚約を自己都合で延期…前代未聞の事に王室省はルイスやスベロア公家への態度を硬化させた



ーーーナファロア王国 ベーレア公領
レオノール立太子から3年近く経とうとしていた頃、国内の一部貴族が蜂起

貴族の蜂起に武装化した一部市民が加わり、監獄や神殿を襲撃…政府は3ヶ月掛けて鎮圧した



事後処理として首謀者だった貴族3人は爵位剥奪の上、斬首…捕縛された市民(農民の次男三男が多数)については、教育と更生が各領地の手に委ねられた



1番の問題は反乱軍が勝手にベーレア公エンリケ王子の名前を語っていた事だ

国王アルフォンソは知っていた
本当に弟は無実だと言う事を…然し

「已むを得まい………」

ベーレア公は内乱に連座
爵位剥奪の上、領外追放/隠遁となった

「(僕は無関係なのに…)」

エンリケ王子の屈辱たるや…それでも死刑を免れたのは兄国王アルフォンソの意地だった

「僕が国の為に仕えてきた5年は一体何だったのだ‼️」
「殿下?これで何も失う物は無いですよ?良かったじゃないですか!」

「………君は常に前向きだな」
「そうですよ!一度きりですからね、人生は!」

カルメンは笑顔で言ってのけたが、目は何処か悲しげだった

「それにしても君は最後まで居るなぁ」
「ええ、最後まで居りますよ」
「君だけが心残りだ」「乳兄弟として仕え続け、僕の子の乳人も務めた…恩は返そうにも返しきれない…なのに君だけは、どんなに再就職先を斡旋しても首を縦に振らない」
「エンリケ様から離れるつもりはありません」
「何故?」



カルメンは改めてエンリケを見た
ベアトリスが居た時より随分と痩せた

内乱に連座したと見做されてから幽閉が決まるまでの1ヶ月間、エンリケは家臣達の身の振り方を決める為に奔走した

小姓達の奉公先/若い臣下の出仕先を斡旋…親類の居ない老臣には養子を取らせた

各方面に文書を送り、使者に頭を下げさせた
臣下や侍女の大半がリベンジの為にエンリケの許を去った…然し乳兄弟のカルメンだけはエンリケから離れなかった



真面目で優等生で律儀…然し不器用
乳兄弟として側で仕え始め、物心が付いた頃からカルメンはエンリケに惚れていた

そしてカルメンは早い段階で選んだのだ
エンリケの“妻として”ではなく“家臣として”エンリケに添い遂げる事を…

夫はスベロア公家への出仕が決まり、子どもも同家に奉公が決まった…カルメンは同行せず離婚を決めた



「エンリケ様の居ない世界なんて面白くないから…」



エンリケは席を立ち、カルメンに近付いた
そして

「!」

エンリケはカルメンを抱き締めた

「急にどうしたんですか?」
「最後まで一緒か…それも悪くないな」
「ふふ…今更」

言い掛けた所で唇は塞がれた





公邸を明け渡す期日となった
エンリケはアントニオやカルメンを始めとする少数の従者を伴い、北部の山にある小さな修道院で新たな生活を始めた



ベーレア公領は領主不在で王室直轄領へ組入
ナファロア=ベーレア州と名付けられ、自治制を高めたナファロア=ベーレア州は国内初の自治都市となった





ーーー3年後 王都イルーニャ
王女エレナが成人し、成人の儀式や祝いの宴が催された



成人に関する行事を終えた王女エレナは、父国王アルフォンソに呼び出されていた

母を亡くして以来、窓の外を眺めてばかりいる父アルフォンソ…然しこの日は人の目があるからか相当気を張っているように見えた

「其方にベーレアを任せようと思う」
「え………」

エレナは固まった
無理も無い、成人して間も無い若者に一領地…しかもナファロア=ベーレア州は自治政府が樹立されて久しい

「勿論1人で行けとは言わない…廃王子の長男アントニオと共に協力して治めるんだ」
「アントニオさんって…まだ子供では?」
「アントニオの成人を待ってからだな…これは既に決定事項だから、今日から婚約までの間しっかりと積みなさい」

アルフォンソの声は少しだけ震えていた

「承知しました」

エレナは執務室を退出した
将来担う重責が既に重くのし掛かっていた