ーーーナファロア王国 王都イルーニャ
イルーニャ女公レオノールは王宮内の執務室で父国王の公務を代行していた
国王アルフォンソはアラバ王国の新国王カルロスの即位式に出席する為、王弟ベーレア公夫妻を伴い3ヵ月前に王都イルーニャを出発したのだ
本来は王妃ブランカが同伴する予定だったが、体調不良が続いていた為に出席を見送った
伝啓された書類全てに目を通し、サインを済ませた頃だった
ドアをノックする音が響いた
入室を促すと、国王付き侍従長が面会を願い出た
レオノールは人払いし、面会に応じた
「侍従長よ、如何した」
侍従長の顔色は頗る悪かった
レオノールは凡ゆる悪いニュースを覚悟した
「王妃陛下が御懐妊されました」
一聞すると良い報告
然しレオノールの心境は複雑だった
「それは誠か」
「御典医によると殆ど確実との事でございます」
「………」
王妃ブランカの懐妊を素直に祝福出来ない理由は唯1つ、前回…マルガリータ王女を出産した際に医師団から「これ以上の出産は危険」と警告されていたからだ
「して…母上は?」
「数日前まで嘔吐を繰り返しておられましたが、現在は治まっておいでです」
「父上に報告されておらぬのか?」
「それが………王妃陛下から国王陛下に懐妊の報告をしてはならぬと厳命されておりまして」
レオノールは母の性格をよく心得ていたが…
「母上に面会させてくれ」
レオノールは久々に母王妃の私室へ向かった
「御懐妊の話は伺いました、お身体の方は…」
「心配要りません、わたくしは大丈夫です」
「何故父上への報告を禁止するのですか」
「陛下は、わたくしの身体を一番に気遣って下さいます」
「大事だからこそ…」
「報告すれば必ず堕すよう、お命じになります」
「左様で御座います、母上の御命を守る為にも速やかに報告を」
「陛下の御子を弑するなど以っての外!」
ブランカはレオノールの言葉を遮り、声を荒げて言い返した
そして有無も言わさず言葉を繋いだ
「誰が何と申そうが、わたくしは産みます!わたくしを大事に思って下さるのであれば、神の御加護を祈って下さいませ」
レオノールだけではなく侍従長や女官長も圧倒されてしまい、黙るしか無かった
「休みます、1人にして」
ブランカは供を避けて寝室へ戻った
レオノールは暫くその場に立ち尽くしていたが、急いで王太子宮に戻り、アラバ王国に滞在する国王アルフォンソの許へ文をしたためた
国王アルフォンソの帰国まで1ヵ月以上は掛かる…王妃の懐妊を知る国王付き侍従の誰もが不安に苛まれたのであった
ーーーアラバ王国 王都ハスティス
戴冠式を控えたハスティスは異様な盛り上がりを見せていた
来賓用の宿舎に宿泊中の国王アルフォンソは、イルーニャからの文を受け取っていた
「(嫌な予感…然し一体何があったのだ)」
其処には王妃が懐妊した事が書かれていた
本来であれば手放しで喜ぶべき報告…然しアルフォンソは表情を曇らせた
早馬で飛ばして来た時点で既に1ヵ月、現時点で妊娠が発覚してから1ヵ月は経過している計算だ
此処で勅令を出した場合、早く着いても妊娠から半年経過…そして戴冠式や饗宴が終わり帰国する頃には出産間近、産む以外の選択が出来ない事となる
アルフォンソは己の無力を恨んだ