今日、いつものスーパーで妻と買い物を始めた時、一人の女性が僕に何か感じたか気づいた風に、少し驚き、じっと見つめていた。僕は普段通りに見渡した視線の先に、彼女の驚きと戸惑いを見つけ、いっ時、ほんのいっ時彼女を確かめた。そして気付いた。
以前も書いたが、僕の父は塾を経営していた。父が中学、高校の英語教師をしていたので、学校という組織を離れたいと思った時にできる仕事はそれくらいしか無かったのかも知れない。
僕は小学校に上がる前から、父を先生と慕い憧れる沢山の兄貴たちに囲まれて過ごした。当時の少年達からすれば、英語を話せる事は夢の夢であっただろうし、文法から教えてくれる父はとてつもない存在だったに違いない。
僕が大学生になってからは、父の塾を少しずつ手伝う様になった。僕は高校の英語の先生に、君は外語大に行きなさいと言われる位英語は大好きだった。加えて、数学も澱みなく教える事ができたので、その二科目で手伝った。
ある頃から、少し離れた場所でもう一つ教室を開いて欲しいという声が掛かり、僕も携わった。今日出会った女性はその時の教え子だと思ったのだ。10歳ほど離れた当時中学生の可愛らしい少女が、成長してふんわりとした女性になっていた。
僕は声を掛けずに普通に振る舞った。彼女も声を掛けては来なかった。簡単に近寄って声を掛けられるものではないとも思う。自分の事を覚えているかどうかも分からない、おそらくは覚えていないだろう相手に声を掛けるのは、とても勇気のいる行為だ。
僕は、互いに声を掛けずとも、昔を懐かしむ事ができた。何より、彼女が僕に気付いてくれた事が嬉しかった。
柔らかい感情の膨らみは、ほぼ萎える事なく今日も続いている。