今年は、蚊に出くわしたのはたった一度。家の周りに水溜まりが無く、蚊の幼虫であるボウフラが生息する環境がないのもひとつの理由だと思う。あと、日中も夜も暑くて冷房に頼っていて、窓を閉め切っていることもあるだろう。
小さい頃は蚊帳(かや)だった。トトロに出てくる、さつきちゃんとメイちゃんがはしゃいでいる『あれ』である。すぼめていた蚊帳を広げて素早く中に入り込む。いかに素早く動けるかが鍵。
蚊取り線香も焚いた。緑色の渦巻き状で、渦巻きを噛み合わせて、二巻きで一枚にしてある。それが何層か重なって、色鮮やかなニワトリの横顔が描かれた紙箱や缶に収まっている。
子供の頃は、その二巻の噛み合わせを離そうとしてポキッと折ってしまい叱られた。うまく離せても、豚の姿の蚊遣器(かやりき)も難所である。空洞にプラプラしている針金を、端っこに火を付けた蚊取り線香の中心の穴に刺す時に折ってしまうこともあるのだ。そうなるとどこかに置いておくしかなくなり、置くどこかに接触するため、そこで火が消えてしまうことも。蚊取り線香は叱られどころ満載なのである。
うまいこと取り付けられれば、あとはお任せして、安心して眠れるのである。
蚊取り線香の威力は抜群で、窓を閉めきっていればほぼ心配ない。その分、匂いも強烈で、次の朝学校にいくと、教室が蚊取り線香の匂いで賑わっていたと思う。だが、みんな同じ匂いをまとっているのだから何の問題もない。
そこに、電気蚊取り機が登場した。最初は学校で話題になっていてもピンとこなかったが、やがてその時が来た。友達から「蚊取り線香の匂いがする」と言われたのだ。そんなの当たり前だと思ったが、電気蚊取り器は線香の様な匂いはしない代わりに、ちょっといい匂いがするという。蚊取り線香の匂い=古いものを使ってる=貧乏という気がして、家に帰って「ウチもベープマットにしようよ〜」と母にせがんだ。
程なくして我が家に電子蚊取り機がやって来た。夜、コンセントに差し込み、待った。だが、時が経っても、ほのかに甘い香りがするだけで、蚊をやっつけてくれそうな何かは感じない。心配に思いつつも床につき、効果に不安を抱きながらも毎日が過ぎていく。そのうち、他の友達の線香の匂いに気づく様になった。
今では当たり前の電気蚊取り機だが、僕は今でも蚊取り線香の匂いを懐かしく思い出す。
蚊取り線香は優秀なのである。
ものすごい効き目なのである。
あの匂いは偉大さ故の必然なのである。
推敲中に右手首が痒くて見てみたら、蚊に刺されていた。タイムリーなことこの上ない。