二〇〇〇年 秋
状況は変わらなかった。
僕らは相変わらずネタ作りに追われ
仕事も全く増えない。
演出家からの厳しいダメ出しが続く…
入れ替え戦で二位を取ったことがウソのようにレギュラーライブで笑いが取れない。
ライブに来てくれたお客さんからもアンケートで「またそれ?」と書かれ
同じ様なタイプのネタは三度と出来なかった。
だから、毎回全く新しいタイプのネタを考えなくてはいけなかった。
漫才はパターンが出来ればそれがコンビの個性となり定着するが、
コントはそれをワンパターンと呼ばれてしまう。
何度不公平だと思ったことか…
今日(こんにち)のテレビ番組では好評だった設定やキャラクターは何度も繰り返し使われる。
毎回、毎回、同じキャラクター。
仮に女装のキャラクターがウケたら、それこそずっと女装で出演することを強いられる。
僕の同期にあるコンビがいる。
そのコンビは『モテない男が女性の思わせぶりな態度に恋をする』といったコントを得意としていて、それがある人気ネタ番組で好評になり、同期のそいつは別の番組でも毎回女装で出演するようになった。
ある時、そいつに会った時こんな事を言っていた。
「一応、普通の服装と女装二パターン用意していくんやけど、こっち(女装)を着てくれって言われる」と
イメージがある。
多くの芸人がいる中でその芸人と言えば何々というイメージがあるのというのはある種強みである。
現にそのイメージで番組にも呼ばれる。
しかし、問題もある。
漫才はまだその人自身のキャラクターとして成り立つが、コントの場合はそのキャラクターはあくまで一コントの中のキャラクターであり作ったキャラである。
トーク番組でそれを要求されても正直しんどい。
でも否が応にもそれを強いられ立場の弱い若手芸人はそれを断れない。
これは非常に怖い事だ。
当時も、僕らと同じ月にレギュラーに昇格した後輩コンビが、ある関西の深夜のネタ番組で軽快なリズムであるあるネタを発表するネタを披露して好評になった。
そしてそれは東京の番組でもウケて毎回番組で求められやっていたのだが、それを大阪に戻って劇場でやると全くウケないという現象が起きた。
テレビは不特定多数の人が観るのである程度同じ事を何回もやっても毎回初見の人がいるし、子供から大人まで幅広い層が観ている。また、子供は気に入ると同じフレーズを何回も繰り返すので人気が出易い。
しかし、劇場はわざわざお金を払って、しかも観たい人しか観に来ない。
だから当たり前の事だが同じ物は観たくない。
ましてテレビで観たことあるネタなど観たくないものである(常に新しいものを求める為)。
もしテレビでそれがウケなくなったら最後。
帰る所はどこにもないって事になりかねない。
番組は人気がなくなったら使わなければ済むが、当の本人は行き場をなくして路頭に迷う。まさに使い捨てだ。
現在のお笑いブームによって何人もの後輩が使い捨てられた。
テレビとは怖い世界だ。
だから常に新しい事を考えたり、挑戦したりしなければいけない。
観る人を飽きさせない為に
そして僕らは来る日も来る日も考えた。
新しいパターンのネタ
新しいパターンのネタ…
浮かばない。
そして、その迷宮から脱出することが出来ず…
僕らはせっかく復帰できたその舞台から半年ももたずにまた降格した。