一九九五年 春
僕は大学に進学する為に地元愛知を離れて大阪で一人暮らしを始めた。
…でも、それは表向きの話だ。
本当は芸人になる為だった。
僕の家はサラリーマン家庭で
おやじは九州育ちで昔ながらの頑固一徹の人間だった。
そんな両親は目立つ事が大嫌いで
右へ習えで「周りの子と同じ事をしなさい」が口癖のような親だった。
バラエティー番組も「馬鹿になる」と言ってあまり観せてもらえなかった。
そんな両親に芸人になるとはとてもじゃないけど言えなかった。
しかも、中ニのあの一件以来、学校ではクラスの中心のようによくしゃべってはいたけど、家では相変わらずしゃべらなかったから
そんな僕が、芸人になるだなんて口が裂けても言えなかった。
こうして僕の大阪での仮面生活が始まった。
とはいったものの
今のようにインターネットも殆ど普及していない時代。
どうやったら芸人になれるのか全然分からなかった。
とりあえず養成所の存在は知っていたので、そこに入ればなれると信じていた。
だけど、その養成所の入り方すら分からない。
どこにあるのか?
いつ募集しているのか?
全く分からなかった。
手がかりすら見つからなかった。
ただ流れるように時間だけが過ぎて行き大学生活にもなじんでいく中で、芸人になりたいという強い思いがだんだん薄れていくのが怖かった。
もう諦めようかなぁ?このまま普通に大学生活送るのも悪くないかな?という甘い誘惑が、頭の片隅に何度となくよぎった。
そんな中一年が過ぎ、大学二年になった春のある日、本屋で一冊の本を見つけた。
それは、僕が入りたいと思っていた大手お笑い事務所の会社の事が書いてある本だった。
「もしかしたらここに養成所の事が書かれているかもしれない!」
僕は無我夢中で本をめくった。
すると、本の最後のページにこの会社の関連企業の名前の一覧が掲載されていた。その会社の名前を上から順に目で追った先に…ついに見つけた!養成所の名前を。
僕はその下にある養成所の電話番号をメモり、急いで家に帰り、おそるおそるその番号に電話をした。
電話には女の人が出た。
その人は丁寧に募集時期と応募の仕方などを教えてくれた。
僕は早速教わった場所に問い合わせて入学願書とパンフレットを送ってもらった。
送られてきたパンフレットにはその養成所の芸人さんが一期生からずらっと載っていた。
僕はそのそうそうたるメンバーの名前に圧倒され、「こんな世界に自分も入れるのか?」と不安になったけど、同時に気持ちが高ぶっていくのが分かった。
「やるしかない!」そう心に誓った。
その夏、僕は休む間もなく働いた。働いて入学金と授業料を必死に稼いだ。
夢の実現のスタートラインに立てる事を信じて。
そして、僕は晴れて養成所に入る事が出来た。
でも、僕にはまだやらなくてはいけない事があった。
それは仮面を外す事。
その事を両親に伝えなくてはならない。
大阪に来た本当の目的を。
目立つ事が大嫌いな両親。
人と違った事をするのが大嫌いな両親。
バラエティーは馬鹿になるから観るなと言っていた両親。
それに真逆な事を僕はしようとしている。
おやじは僕に大学に行けと小さい頃から言っていた。
それは、おやじが大学を出ていなかったせいで出世が遅れたからで
僕にはそんな悔しい思いはさせたくないといつも言っていた。
だから大学だけは必ず行けと。
おやじの夢は僕を大学に出してサラリーマンにさせる事だった。
その為に一生懸命働いて高い学費を払って、仕送りまでしてくれていた。
当然そうなると信じていたおやじ。
僕はその思いを十分知っていたから
今まで言えなかった。
でも、言わなければいけない。
僕は芸人になる。
それが僕の生きている証だから。
僕は罪悪感でいっぱいになった震える気持ちを抑え
受話器を握り締めて実家に電話をした。
「もしもし」
電話の向こうの声は母だった。
「…もしもし…俺だけど…」
母の声を聞いた瞬間、抑えていた気持ちが溢れ出そうになり声に詰まった。
「どうしたの?」
母の声はやさしかった。僕は必死に声にならない声でこう言った。
「俺、芸人になる」
「え?」
母の声色が変わった。
その瞬間、期待に応えられない申し訳なさと、裏切ってしまった罪悪感で胸がいっぱいになり涙が溢れ出てきた。
泣きながら僕は何度も何度もこう言った。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」と。
「何を言ってるの?お笑い芸人って、あんたおとなしいし、全然しゃべらないし…出来る訳ないじゃないの」
母は自分の息子の思いもよらぬ発言に驚きを隠せない様子だった。
「俺、ずっとなろうと思ってたんだ。実は大阪来たのもその為なんだ」
「え?え?何言ってるの?そんなの許せる訳ないじゃないの!電話じゃよく分からないから、明日、明日そっち行くから。そこで話そう、いいわね?」
翌日、朝一で母がやって来た。
僕は絶対に反対されて許してもらえないと思った。
親の期待を裏切ったんだから、それは当然だと思った。
だけど、どんなに反対されても
『僕の気持ちは変わらない。』
そう伝えようと決心していた。
しかし、家に来た母は昨日の電話でのやりとりがウソのようにやさしくて、その事について何も触れず、身の回りの世話だけをやってくれていた。
そして帰り際、母は荷物を持って振り返らずに僕に言った。
「本当はね。ここに向かう途中、電車に揺られながらずっと、着いたら辞めさせようって考えてたの。でもね、あんたの顔見たらね…あんた父さんに似て頑固だし、あんたがそう決めたんだったら、好きなようにしな。あんたの人生なんだし。そりゃあ残念だけど…。父さんにはお母さんからうまく言っておくから。じゃあ、身体だけは気をつけなさいよ」
母の肩は小さく揺れていた。
僕は母のそのやさしさに涙が止まらなかった。
二十歳になる年の秋の事だった。