田口淳一 のブログ -35ページ目
アンパンマンはお腹が空いたカバオくんに自分の顔をちぎり

カバオくんの空腹を満たし

そして
自分は力が出なくなってしまう

という様な
自己犠牲の精神があるからこそ

ヒーロー性が認められ

アニメの主人公として賞賛されています

要するに
ヒーローは主人公は主役は

食べられているアンパンマンであり

食べているカバオくんではありません

しかしこの世はどうでしょうか?

この世界というアニメーションの主役は

食べている人間でしょうか?
食べられている生き物でしょうか?

まさにこの世はカバオが支配しており
食ってる脇役であるにも関わらず
このアニメーションの主人公気取りの
勘違いクソ野郎です

あのアニメーションは
カバオくんがアンパンマンに感謝し
ヒーロー性を認め、自分を脇役の位置に身を置いているからこそ成り立っているにも関わらず

このアニメーションとは一体どうでしょう?

アンパンマンを食らい感謝をすれば食べていい

そんなカバオくんありですか?

なおかつ自分を主役、主人公の様に思い

自分が幸せになる為にはばかり考えています

極端に言えば
カバオはアンパンマンを食らう事を当たり前の様に考え

味付けをし

その顔でビジネスまでしやがります

腹立ちませんか?

その狂ったアニメーションの出演者がこの現代の文明人であり

アンパンマンの善意を逆手に取り
このアニメーションの頂点に君臨しています

まさにカバオが
空気の読めないただの脇役だからこその為せる技でしょう

自身は
視聴率が取れる事のないこのアニメーションの出演者になるのはゴメンなので

生き物に感謝して食らう事は断固反対ですし

あまりに酷い様なら
今度誰かを感謝して食べてみようかなとも考えます

その時無抵抗でいれるなら筋が通りますが
抵抗される様なら

自分は浮気をするけど
相手の浮気は許さない理論と同じだと思うので

塩コショウをまぶして食べるのはさすがにですが

生きる為だと焼き肉屋から出てきた太った女性をレイプするぐらいしても
感謝してとけば俄然許させると思っています

殺してないし食べていないし
なおかつしっかり感謝しているわけだから
是非とも無抵抗であって欲しいし

おそらく
その時になったら
美味しく食べたいただの娯楽である事は認めず

理解不能な理論を並べ立て
「食べたい為に感謝しています」と白状するのでしょう

少なくとも
傲慢なカバオが主役であるアニメーションなのですから

当然多くの犠牲の上に成り立っているアニメーションなのでしょう

そしてカバオは
それを当たり前だと主張する

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私達が見ているものとは
明らかに見せられているものであり

こちらから見ている社会の実態
生きることに当たり前に付随している常識と化されているもの

これらには
明らかに理解ができないものが多くあります

私達はただ生きる存在であるにも関わらず
生きる為にはお金がなければ絶対に生きられない

ただ生きる為ならば
そこらへんになっている何々の実さえ食べていれば生きていく事は絶対にできます

欲を言えば
お腹が空いたらお米を収穫すればいいし
そこらになってるキャベツを食べたらいい

けど
それを食べるのにもスーパーに行かなければならないし

畑になってるジャガイモは結局誰かの所有物だし

結局私達は社会に依存しなければ生きられなくなっている

仕事がなければお金は手に入らないし
お金がなければ食べ物さえ手に入らない

天然資源や自然の植物

食べられる物のほとんどは何者かに管理され
買わなければならない

すぐそこの畑にある大根を食べれば
警察という組織が悪だとし処罰を受けなければならない

私達は
地球に立っているだけの存在なのに

生きる為必要なもの全てを奪い取られ
それを得る為に強制的に労働をさせられ

そのシステムに乗りさえすれば
法や警察組織に護られるという権利が与えられ

その提供された唯一のルール
現代にあるだけの文明というものに従わなければ

法律の効力が行き届かないイジメという分野の犯罪にさらされ

それが生きる事、社会人になる事、大人になる事と教わってきました

そうなる事で
汚いものを飲み込んだ

同じ人種を量産するという思想
1人残らず悪魔に魂を売らせるという
言わば全てが道連れであるような文明の構造があると思います

これは明らかなる大罪であり
この構造を考案し稼働させた本人たちはおそらく既にこの世を去っており

年金システムと一緒で
「死んだ後のことは知りません」思想の産物

私達はその中に生きており
その無責任の産物が現代の文明であり

そして
それを私達の愛する子供達、子孫にさえ
経験をさせようとしています

この様な地獄を経験させても構わないのでしょうか?

それが生きる事と受け入れさせることが
本当に教育であると言えるのでしょうか

この社会が1つの会社ならば

なぜ就職先はたった1つの会社しかないのでしょうか?

この会社に就職を強制され
会社の在り方、社風、会社の方針に自分が合わなければ

違う会社に就職し直してもいいはずです

しかし
そこに選択肢はありません

それが下々奴隷の生き方だと受け入れなければないのでしょうか
民間人が気軽に情報を閲覧できるという分野において

インターネットやfacebookなどで閲覧できる情報とは既に

テレビや新聞の情報と一切何も変わらない

911やその他多くの陰謀論と呼ばれる出来事に関してあれほど粗末
言わば
『あえて分かりやすいように』報道投稿する状況は明らかに嘲笑されている状況

科学の最前線や機密、密約等々の現実を知るよしは私達下々にはどうやったって不可能な事であり

真実=
テレビ新聞→インターネット、facebook等

などという構図に惑わされていては
いつまで経ってもイニシアチブ保持団体の思うがままであることは言うまでもありません

彼らはかなり挑戦的に私達を小馬鹿にし
 
私達が 
弱肉強食という言葉を乱用し
家畜を感謝して食する様

私達を
あたかも弱者、家畜天然資源であるかの様に扱い

まさに私達は
日々感謝して食べられています

けど仕方ありません
私達下々も下々に対し同じ様にそうしているのですから

言い返せない状況の偽善的強要

世界の在り方とは
人間性の投影であるとも言われますが

1番大切な事は

もし自分が王様として産まれていた時も
『兵隊である時と同じ不満を抱けているのか』

という事だと思います