婚歴があっても結婚する意思は変わらないとは言え、
その日の夜も眠れずに翌朝を迎えた。
12/12 大雪の日だった。
通勤して掃除をしたことは覚えている
給湯所で水仕事の最中に倒れたらしい。
職場には高校の時の同級生が居て彼が1番早く気づいてくれたらしい。
その後、救急車で近くの町立病院へ運ばれ、
意識回復後にドクターの診察中に全く脚が動かない事がわかった。
脚に感覚はあるものの、全く力が入らず膝を立てる事すら出来なくなっていた。
脚が動かない事がわかる少し前に病院に到着した両親にドクターが説明し、
町立病院では精密検査が出来ないと言う事で、大きな総合病院へ転院されることになる。
再び救急車に乗せられて、
高速道路を走りついた先はドクターヘリを有する県内でも有名な総合病院。
まさかそんな大層な所に自分が来ることになるとは…。
念の為に尿検査で妊娠していない事を確認され、MRIをとり、診断されたのは『原因不明』
神経内科のナースステーション直ぐ傍の病室に入院となった。
あの当時、顎関節症が悪化して普通のご飯が食べれず、
食事は噛まずに食べれる嚥下食をお願いした。
トイレに行きたくても
ベッドから立ち上がることも、直ぐ傍のポータブルトイレに移動する事も出来ず、
その度にナースコールを押さなくてはいけない事が辛かった。
部屋にいる患者達は皆ご高齢の方ばかりで、所謂痴呆症の方々。
夜になると元気になって『看護婦さーん』とずっと呼んでいたり、
『助けてー助けてー助けてー』と叫んでいたりでストレスがたまって行った。
徐々に脚に力が入らなくてもトイレにポータブルトイレに乗っかるコツを覚えたり、
そのコツを利用して車椅子に乗れるようになると、徘徊する事も覚える。
そして婚約者の彼は毎日とは言わないがマメに見舞いに通ってくれた。
ご高齢のオールドミスに囲まれて気が狂いそうな状態では彼は癒しだった。
いくら両親が来てくれても彼の存在には敵わない。
この脚が動かないのは彼の所為だと、私も両親もわかっていた。
主治医には何か精神的ショックがないかと聞かれて、
母が話した所、精神的ショックによる一時的な下肢麻痺と診断がついた。
ソレでも彼が会いに来てくれるのは嬉しかった。
ヘラヘラして!と母には怒られた。
原因は彼なのだから母が怒るのはもっともだけど、それでも嬉しかった。
立てるようになった時は『クララがたった!』状態。
主治医から退院の許可が出たのは入院から2週間後だった。
退院したのは良いけど、今まで通りにスタスタと歩く事が出来ず、杖を買った。
仕事に復帰したかったけど、歩けない上に目眩が酷くて年明けまで休養する事になった。