こんにちは!耕す太郎です。
『鬼のいぬ間に』
突然の慣用句、申し訳ありません。
僕は記事を書く時に慣用句とか、漢字の成り立ちとか、名称の由来などを調べるんです。
そうすると書きたいことが思い浮かんだりします。
しかし、そんな事を豪語しても僕の知識なんか浅いものなのです。
『井の中の蛙大海を知らず』
まさにこれなんです。
あっ!
いや、違いますよ!
僕がこの慣用句の中の蛙だって事ではないんです。
むしろこの蛙は僕みたいに浅い知識の蛙なんかじゃないんです。
この慣用句には続きがあるんです。
『されど空の深さを知る』
なかなか良い言葉ですよね。
狭い井戸の中にいるからこそ、空をじっくりと眺める事が出来た。
実は一つの事を突き詰める素晴らしさが込められた慣用句だったんですね。
このように僕は知識が浅いので、この慣用句の様に続きのある慣用句がある事に気付いていなかったのです。
だからまさにこれなんです。
『鬼のいぬ間に』も続きがあったんですね。
本来は『鬼のいぬ間に洗濯』だったんです。
あれ?鬼がいないなら洗濯なんかしないで、のんびりしてれば良いじゃない?
そう思いますよね?
しかし、この『洗濯』ってのは衣類の『洗濯』ではなく、心の『洗濯』を指しているのです。
鬼みたいに怖い人がいない間にのんびりしようって事なんですね。
え?
どんな記事を書こうと思って『鬼のいぬ間に洗濯』という慣用句を調べてたかって?
いや、本当にそういう意味じゃないんですよ!
そういう意味じゃなくて…
学校が春休みなので、実は昨日から娘二人を連れて、お嫁ちゃんが実家に帰っております。
僕は金曜日に向かって、向こうで合流するつもりですが、それまでは一人の生活です。
いや、だからそういう意味とは違うんです。
『鬼のいぬ間に洗濯』の意味はさっき伝えましたよね?
怖い人がいない間にのんびりして心の洗濯をするって意味ですよ?
僕は違います!
意味が全く違います!
だってお嫁ちゃんにお願いされているから。
「ベットのシーツも洗っておいてもらえる?」
ね。
鬼のいぬ間に洗濯です。
おしまい。