引きこもっていた時の話④
商工会議所のレストランへ配属されたオレは、料理を通じての物事の考え方、料理とは何なのかを知る事となる。
はっきり言って、Y料理長は、厳しかったけど愛のある人だと思う。今現在の年齢だと80前位かな
Y料理長の時代は、ガスなど整備されていない時代だから、ストーブは石炭で火を興していたそうだ。
どちらかと言うと、手が最初に出るタイプで、今の様な生ぬるい時代じゃないから、よく殴られたな。怒られるのには、理由がある訳で、理不尽に殴る訳じゃないから、もちろん手を出すのは、問題ではあるけども90年代は、まだ多少、古い習慣が残っていた。
例えば、デザートの作り方を教えてもらうとして、小僧のオレが用意するのは、使う器具、計量した材料な訳だが、それだけではないわけだ。厨房環境を24度に設定したり、使う器具に水滴が付いてるだけで、その日のお菓子のレクチャーは終了となる。
つまり、道具と環境もベストな状態に持って行けない人間に、お菓子を作る権限はないと言う話なんだ。
温度を24度に設定したり、使う器具のチェックは、もちろんいちいち教えてもらえないので自分の頭で考え、気付いて行く、とても要領の悪い教え方だったんだ
そこに到達するまで、先輩に聞いたり、料理長にヒントをもらったりしながら、メモを取り、失敗を経ながら覚えていくやり方だった。
Y料理長によく言われたのは、「1を言ったら10を知れ」や全ての物事は、「1+1=2」には、ならない。常に常識を疑え等、抽象的な揶揄が多かった。
壁にぶち当たったら、まず自分の頭で考え、決断して判断する。それでも分からない時に、初めて先輩を頼ったり、上司に聞いたり、自分の中で得た答えとすり合わせて行くのが大事な事だと教わった。まずメモを取り、ノートにまとめて一つの答えに導く。何度も挑戦して失敗したら軌道修正をする。この繰り返し。
世の中には、レシピと言う物が存在する。だけど、作る人間によって同じ材料で作っても同じには、ならない。何故か?
それは、考えた時間の差が結果として現れるからだ。繰り返し考えて導き出した経験の差でもある。
そのプロセスが、お金を取れる、取れないの差になって表れる訳だ。
自分だけのノートを作り、頭の中で蓄積され、それが時代と共に風化したとしても、考え方の基礎(礎)は残るのだから、後は、考え方を応用して行けばいい
考え方の基礎がなけりゃ、応用など出来ない。
時代と共に、料理は進化するし、クリエイトして行くものだから面白いし、好きなんだ。









