宇治田原町を歩く
前々回、前回に続いて大河ドラマ「どうする家康」でも登場した伊賀越えの道のほんの一部、京都府宇治田原町を歩いてみました。
今回の道を歩いたのは10月3日。
ブログ、今年のことは今年中に・・・は、ちょっと無理
勿論渡しじゃなく、木津川を路線バスで渡って「さあ、歩きますよ。」
宇治茶が有名、道の脇に多くの茶畑が広がります。きれいな茶畑を見続けていると、家康の足跡を辿っているのを忘れそうになります。
ここも茶畑ですが、家康ゆかりの場所の目印となるのぼりが立てられてますよ。
『山口城址』とありますが、その名残は全く見当たりません。
信長の命で建てられた城だということなので、裏切りさえなければ味方の城ですね。家康はここに立ち寄って昼食を摂り、馬を乗り換え滋賀県の信楽に向かったと書かれています。(信楽(しがらき):タヌキの置物が有名な信楽焼の郷)
近年、石垣の巨石が見つかったとありますが、私には見つけることができませんでした。城や城跡が好きなのでざんねん残念・・・
軽い坂道を上り切り、ゆるゆる下ると里が見えてきました。
刈り取り、脱穀を済ませた稲藁が干されてます。今年のお米は日照りの影響で全国的に小粒の報道がありました。ここのお米の出来はどうだったんでしょうか。
高齢化でお米作りをする人が年々減って、近い将来、当たり前のように食べているお米が不足するなんて報道も耳にします。そこに気候変動も加わると尚更困りますね。
先に進むと何処からともなく良い香りが・・・
見渡してみると おっ、あそこから香っているようです。
製茶場ですね。香ばしいお茶の香りがこんな所まで漂ってきます。
秋桜、一株ではヒョロヒョロと頼りなく見えます。
ただみんなが集まり、そよ風に一緒に揺れる姿は何とも涼し気です。
(季節感ずれてますが、10月3日なので)
行儀良く植わる茶の木
来年、茶摘み♪体験してみたいですね。
歴史を感じさせる建物が見えますが、
携帯で撮った写真を拡大してみるとここも製茶場ですね。
(「製茶場」という言葉というか、施設を始めて知りました)
(アニメやドラマに出て来そうな雰囲気)
「宗円交友庵やんたん」という施設を通り越し、
まずはその先にある煎茶の祖、日本緑茶を生んだ永谷宗円の生家へ向かいます。
そこへ向かう途中、猿と鹿の出迎えを受け、
湯屋谷(ゆやだに)集落の奥へ奥へ緩やかな坂道を進むとそこはありました。
湯屋谷は地元で"やんたん"と呼ばれてるそうで、さきの施設の名前の意味が分かりました。
家康も足早にこの郷を通り、この先の遷照院に立ち寄ったとあります。
生家では宗円などの紹介ビディオが見られます。
緑色のお茶を完成させた宗円は、
江戸時代、車も電車も無い中、精力的に江戸に出掛けて広めたようです。
緑茶も茶畑もここから全国に広がっていったんですね。
ここやんたんの地で、茶葉を蒸して揉みほぐす青製煎茶製法が生まれました。
ほうじ茶のような赤茶色の茶葉しかできなかった技術が、初めて緑色のまま仕上げることができるようになり風味も良くなったんだと。緑茶が生まれたんです。
(煎茶は緑茶のひとつ)
さっきの施設に戻り一服。
私はお茶の知識が無くて、お茶の良し悪しもほとんどわかりません⤵
でも、こっちは分かりますよ
かき氷やソフトクリ-ムのほうじ茶風味って妙に美味しいですね!?
お茶漬け海苔で有名な永谷園創業者は、永谷家10代目だそうです。
たまに食べたくなるお茶漬け海苔にお湯を注ぐと緑色になるけど、
今までそう思って緑の色を見たことはなかったですね
宗円の探求心と努力を知って、お茶漬け海苔が身近に感じてきました(笑)
伊賀越えの道を歩き、今回は永谷園のお茶漬け海苔にたどり着いたようです。
こうしてのんびりしている場合じゃなかった!!
バスの出発時刻を聞くと、地図のⒷ施設近くのバス停はもう無いんだそう
職員さんに教えてもらった遠くのバス停まで今から歩くことに
家康の足跡を辿る続きは・・・
(年を越しそう)
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寒い朝、香ばしく焼いた餅に、
抹茶が入ったこれと湯をかければ美味しくて温まります