とこの身を一体となりし暁には

わしは武士を名乗る


だれがなんと言おうとも

三川にただ一人の武士である

そして真剣を手にした暁には侍となろう

真剣をもつに値する境地に達するのはいつになるであろう…

一生涯あり得ぬことやも知れぬ


居合いの道場にも骨董市で買ったとかぬかす初心者のオッチャンがおりますがwそれはそれ

刀剣コレクターなど目利きと講釈ばかりで真剣はいかなるものか本当にわかってはいない


わしも二瓶先生のような侍となれるのだろうか…


けむだがられようとも、この三川剣士会への忠義は誰よりも強い

私は必ず武士となり侍となる
というものは奥が深い…剣道がいかにしてスポーツ的にチャラチャラしているかよくわかる。

なに?わしがチャラチャラしてる?たしかに髪の毛は明るい、ピアス空いてる、私服は派手。剣道だとそれをいかんとする声が多いが私はチャラチャラしているなどとは侵害。


武士道を重んじ剣を極める心こそ大事なのだ

格好を言えば私はちゃんと道着、袴、もしくは居合い着を着て、もっといえば居合いでは髪を結んでまげを作ってやっている。仕来たりはきちんとしているつもり


防具をつけてランニングしていることも、昔はそのような姿は珍しくはなく、二瓶先生は防具をかついで、道着袴をきてどこえでも歩いて稽古に出向いていた。
それをおかしいとおもうことがおかしいのだ


私はやはり変人?


今の剣道界をうたがってならない…なれば居合い道のみに専念すべきか…

だが私の居場所は…

いや武士道を極めるに捨てねばならぬものもあるか…
義のために生きる

義のために死ねたら本望