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「死にたい」という母の言葉に・・①

 

 

最初に母がそれを言い出したのは、私が介護をし始めてから数年がたち

認知症ではあったが会話も普通にできるようになっていた頃だった。


実家の仏間には大きな仏壇があり、その横に

35年前に亡くなった父と13年前に亡くなった兄の遺影が飾られている。

母にとっては夫と息子で共に50代前半で病死した。


その仏壇と遺影は、母がいつも居間で座っている場所から真っ直ぐ前方に見える位置にある。

母は毎朝毎夕 手に数珠をかけて数分間ずつそれに向かって手を合わせるのが日課になっていた。

 

日常的に音がないと落ち着かないという母は、いつもテレビかラジオをBGM的に付けているが,

その祈りの時間だけは雑音を消しているので、なんとなく静かで厳かなひとときになる。

 

ある日の夕方、母がいつものようにそのお勤めを終えると横のソファでスマホをいじっていた私の方に向いて突然言った。

 

「あたしはね

  亡くなった二人に“早く迎えに来て”と毎日祈っているの」

 

と。

 

は・・・?びっくりガーン

 

予想もしていないまさかの言葉にマジでびっくりした私はまるでドラマのように思わずスマホを落としてしまった。

 

で、

 

「や〜突然なに言ってんの?いまは100歳以上の人は沢山いるし、母さんはまだまだこれからでしょ

急にそんなこと言わないでよ!」アセアセ

 

と、焦った私はとりあえずこんなありきたりな言葉を返すことしか出来なかったが,少しして自分の心を落ち着かせながら母に率直に聞いてみた。

 

「どうしてそんなことを思ったの?」

 

すると母は

 

「もうこんな状態で生きていても周りのみんなに迷惑をかけるだけだから・・・」

 

と言って涙ぐんだ。💧

 

あぁーそっか・・

母は自分の存在が家族の負担になっていると思いはじめ、それがツラくなってきたようなのだ。

 

たしかにここ数年は母を中心に家族の生活が回っているかのようになっていた。

しかしそうせざるをえない環境にあったのも事実だった。

 

 

それにしても

 

放っておかれると怒り出すし、逆に母のために一所懸命尽くすと「私のせいでみんなに迷惑かけてる」と言い涙する。

 

しっかりしてきたのは喜ばしいことのハズなのに認知症の症状が強かった時より面倒で難しいと感じてしまうのは私だけだろうか。ガーンタラー

 

ともあれ

私は母になんとかその考えを前向きにしてあげられないかと必死に考え、こう言った。

 

「迷惑だなんて誰も思っていないよ!

誰でもいつかはそうなるんだし、それに

 

母さんが生きていてくれるからここに子や孫たちがみんなお盆やお正月に集まってこれるんだよ

だから元気で1日でも長く生きていてもらわないと困るんだからね!

 

そう言うと

 

「そうかい? そうだよね なら頑張らなくっちゃね」

 

自分が生きていることの意味をみつけたかのようにシャキンキラキラとなった母をを見て

よっしゃ!グー 我ながら良いことを言ったと思った。(笑)

 

 

でもその後もところどころ体調を崩しては

 

「全くいつまで生きてるんだろうね このババアは!」

「ごめんね 本当に面倒くさいババアだよね 

  あんた方に迷惑ばかりかけて早く死にたいよ」

 

と自分で自分を責めることが多々あった。

 

幸い、母にはどんなにつらいことがあっても

『自分で命を断つわけにはいかない』

という固い信念のようなものがあるらしかったので、そこは安心だった。

 

とはいえ、それでも聞いているこちらの心境としては毎回穏やかではない。

 

 

何をどう言ったら母の気持ちを軽くさせてあげられるだろうかといつも必死に考えていた。

 

そして

 

「そんなことばかり考えていないで

どうせ生きなきゃならないなら

元気で楽しく生きないと損でしょう

 

と私史上一番の渾身の励ましをした。(つもり笑)

 

 

すると母の顔がパッおねがい気づきと明るくなり

 

「そりゃそうだよね!そのとおりだわ」と。

 

どうやらこれが母の心の琴線に触れたようで

それ以来、母はよく食べるようになったし家族にもよく自分から話しかけるようになった。

 

自ら『元気で楽しく生きよう!グーと決めたらしい

 

ショートスティで友達になった方々にも、話を聞いてあげたり励ましたりしていたようで

本来の面倒見の良い母に戻ったかのようだった。

 

そんないきいきしてきた母をみて嬉しくなったがその反面、

介護する前の『口うるさい』母が復活してちょっぴりウザいと感じることも増えてきたのだが爆  笑アセアセ

 

 

まあ、そんなこんなでその後も元気になってはまた体調を崩し・・を繰り返しながらも

なんとか母は昨年90歳を迎えたのだった。

 

 


      「死にたい」という母の言葉に・・②へつづく