先日 母が亡くなりまして・・・

 

 

先日、介護していた母が亡くなった。
死因は『肺炎』

怪しい咳が出始めて3日目で呼吸困難になり救急搬送され即入院。救急車
それからわずか2日後に急変して亡くなるというあまりに早い展開だった。


もちろんいつかは母が亡くなることは覚悟はしていた。  
けどそれはまだまだ先の事だと勝手に思い込んでいた。

だから正直

 心の準備は出来ていなかった。

 

急変したと連絡が来て、姉と一緒に病院に着いたときには

「先程 既に息を引き取られました。」

と看護師さんより告げられた。

 

“え?まさか、聞き違いでは?” 

 

信じられない展開に姉と二人 呆然としてしばし言葉が出なかった。

 

 

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入院当時から医師より

「高齢であることや心不全の持病があるので急変する可能性がある」

と説明を受けていたけど、それが現実になるとは思わなかった。

 

なぜかというと

入院した翌日、母の様子を聞いた時は

ご飯もしっかり食べたらしく、本人が「腕時計⌚持ってきてほしいと伝えて」

と言っていたそうで、

 

それを聞いて「しっかりしているし大丈夫だね」と

安心して退院後の話を家族としていた程だったから・・・

 

でも次の日の朝 病院から呼び出され

医師より片肺が真っ白になっているレントゲン写真を見せられ

「今朝からお母様の状態があまり良くないので急変する可能性があります。

覚悟してください」と告げられた時は一瞬驚いたが

 

5分間だけ母と会わせてもらえた時は、

息絶えだえではあったがまだ意識もはっきりしていた。

私達が側に行くと、酸素マスクをずらしながら

「お腹すいた」「朝から何も食べていないの」といつもの感じで私達に訴えてきたので

「大丈夫!もう少しで良くなるから、そしたらお腹いっぱい食べようね」

そういうと母が「うん」とうなずいた。

 

時間が来て「じゃあまた来るから 頑張ってね 待ってるから」

と後ろ髪を惹かれる思いで病院を後にして

 

「大丈夫だね “お腹すいた”なんて最後を迎える人のセリフじゃないよね

きっとまた蘇るよ」と医師の言葉よりも母の復活を信じてやまなかった私達。

 

急変で呼び出されたのはその日の夕方だった。

 

まさかこれが母との『最後の会話』になるなんて・・

 

 

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夢を見ているようなフワフワした気持ちで母と対面した時

たしかに心電図などの機器は停止していて呼吸もしていなかったから

 

もう現実を受け入れるしかなかった。

 

眠っているように穏やかな母の顔を撫でた時

まだ温かくて柔らかくて

 

涙が次々と溢れ出てきて泣泣泣

「母さん、よく頑張ったね」「ありがとう」「お疲れ様」

みたいなことを姉と耳元で話しかけるのがせいいっぱいだった。

 

 

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母の臨終が確認されたあとは

自分の心が置き去りになったまま

現実の世界だけがどんどん進んで行く感覚だった。

 

葬儀や一連の手続きなどのバタバタがとりあえず一段落して

亡くなってから2週間たった現在も、

じつは未だ実感がわかないまま日常生活を送っている私だ。

 

それでも・・

実感がわかずとも

母がもういない現実を認識させられる瞬間は容赦なく訪れる。

 

早朝から愛猫😼に起こされ、夫のお弁当お弁当と朝食を作り「行ってらっしゃいパー」と送り出し

自分も適当に朝食を済ませたあと、ごみ捨てや片付けや洗濯などをする。

ここまではいつもどおり。

 

その後、身支度をして愛猫😼に「行ってきます」と声をかけ、

「今日の母の調子はどうかな」とか「今日はお風呂に入れる日だな」とか

あれこれ考えながら、イソイソと母のもとへ 

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と、このルーティンがスポッと無くなったので・・

 

手持ち無沙汰の私は、別に用もないのに携帯を開いてぼ~っと見つめながら思う。

 

あぁ・・もう行かなくていいんだよなぁ。

 

 

私が実家の母の通い介護をするようになってから いつのまにかまる11年

とにかくずっと一緒だった母が亡くなったことは、

私の人生の中で最も大きい出来事だったに違いないのだが・・

 

不思議にも『悲しい』とか 『つらい』とか 『苦しい』とかの感情はあまりない。

もちろん『さびしさ』はこれから徐々に嫌でも実感するに違いない。

 

でも、それよりももっと大きい、言葉に言い表せない不思議な感情がたしかにある。

それは、あえて言うなら

『温かい』  “あたたかい”  

だろうか。

 

それはもしかしたら母が私に残してくれた愛なのかもしれない・・

うまく表現できないけど、そんな感じだ。

 

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13年前に兄を、35年前に父を亡くした当時
通勤中などのふとした瞬間に『在りし日の思い出』が蘇り、

寂しさで涙が込み上がってくることが何度もあった。

しかしそれも、が解決してくれることを体感として知ってるつもりだ。

 

きっと同じように、これから私の中で幾度となく蘇る『母との思い出』

そのたびに、どうしようもない溢れる感情泣とその都度向き合いながら

生きていくことになるだろう。

 

そしてその感情もいつしか時の流れとともに少しずつ薄れていくに違いない。

 

 

 

遺品の整理をしていたら、

母を介護しはじめた頃の介護日記と母自身が綴った日記帳が出てきた。

 

これから かけがえのない母との日々を回想しながら少しづつ読んでいこうと思う。

 

そして引き続き

母の介護を通して学んだことや感じたことを

このブログを通してアウトプットできたらなと思っている。

 

そうしていくうちにきっと…

私の心も少しづつ整理されていくことと思う。

 

 

いや、それにしても言わせてほしい

 

あっけなさ過ぎだよ!母 昇天

 

しかも娘への最後の言葉が、「ありがとう」じゃなくて

 

『お腹すいた!』驚き

 

ってどういう事?(笑)

 

 

もう最高だよ!

  ありがとう

    大好きだよ母さん 泣泣泣泣

 

 

           『先日、母が亡くなりまして・・』おわり