東のそば 西のうどんと言われる由縁 | Life Is Beautiful ♥

東のそば 西のうどんと言われる由縁




関東と関西を行き来したことがある人であれば、何となく感じたことがあるのではないでしょうか?「東にはそば屋が多く、西にはうどん屋が多い」ということ。

「東のそば、西のうどん」とも言われるその理由について、調べてみました。


☆そば文化とうどん文化を分けたのは、気候と土壌?

そばと小麦は、生育に適した環境が異なります。

そばは強い植物で、土地の痩せた山間部でも育てることが可能です。むしろ暖かい地域よりも、寒暖の差が激しい地域の方が質の良い蕎麦粉ができるとも言われています。

対して小麦は、暖かい気候と水捌けが良く豊かな土地に適した作物です。日照環境が悪い地域や、寒い気候には適しません。

また、関東と関西では、採れる野菜やその質も異なっています。筋っぽい関東野菜には蕎麦粉の香りが豊かなそばを、柔らかな関西野菜には淡白なうどんを合わせたという説もあるようです。


☆せっかちで見栄っ張りの江戸っ子にマッチしたそば

「東のそば 西のうどん」が定着したのは、江戸っ子がうどんよりそばを意識的に選んだことが大きく影響しています。

いわゆる当時の「江戸っ子」は、せっかちで威勢が良く、見栄っ張りで意地っ張りとされていました。彼らは、江戸生まれの江戸育ちであることにプライドを持ち、誇りを持って自らを「江戸っ子」と呼んだのです。

したがって、さっと茹でて食べることができ、そばつゆも短時間で作ることができるそばを好み、時には「粋」と称したと言われています。

また、関西でうどんが好まれたことに対抗し、「あちらがうどんなら、こちらはそば」とそば文化を発展させていったという説もあります。



☆ちなみに毎月30日が「そばの日」って知ってた?
毎月月末におそばを食べられていたのは江戸時代。その当時の商人が家の財産が長続きするなどの縁起物として毎月月末にそばを食べていたことから、後に、「日本麺業団体連合会」が毎月30日を「そばの日」として制定しているのです。月末の献立に困ったら、そばを選んでみてはどうでしょう。