今日はティーチャートレーニングを受けているスタジオが開催した
「108回太陽礼拝」
のイベントにオンラインで参加した。
太陽礼拝とは
左上のアーサナからスタートして、右下まで行う動きで、左右の足を替えて1セットだ。
これを108セットやるイベントだ。
普段は朝に3セットくらいしかやってない僕からしたら未知の領域だ。
36倍だもの。
このイベントは年末に世界的にも行われていて、厳密な日時は違えど、地球上で多くの人がある期間、一斉に同じムーブを意図的にすると思うと、ちょっとゾクゾクする。
108というと、日本では除夜の鐘だ。
108つある煩悩を、鐘を打つことで一つずつ消していく。
仏教の教えから来ている。お寺の行事だからね。
ヨーガでは、108という数字は、全宇宙のパワーを表している。
【1】は宇宙の始まり、唯一なるモノ、創造を意味し、
【8】は全ての方向、完全を表す。
その間の数字は維持を意味する。
そして、【0】は破壊。
創造、維持、破壊を繰り返すのが宇宙ということだ。
ヨーガの目的の一つは、自分を宇宙と見立てて(宇宙が生み出した存在だから、宇宙と同じ存在)、一つずつリセットしていき、唯一な存在まで逆行し、そこに新しい意識の種を植え付け、願望を実現出来る新しい宇宙として再生するというのがある。
まあ、だから108つの煩悩を消して、新しい自分として新年を迎えるというのと、似てるとも言えよう。
ちなみに108関連の不思議な話で、
・太陽の大きさは地球の108倍
・地球と太陽の距離は太陽の直径の108倍
・地球と月の距離は月の直径の108倍
などなど。
少しでも違うと、地球はすっ飛んでしまうか、ぶつかってしまうそうだ。
ということで、神聖な動きを神聖な数だけやるというイベントだ。
14時から始まり、17時30分くらいまで続いたのだが、とっても疲れた。
思っていた以上にキツかった。
54セット目で、10分休憩が入ったが、基本ずっと動きっぱなしだったからねぇ。
明日はバッキバキに筋肉痛だろう。というか、既に痛い。
それでも、とても楽しかった。スッキリした。
後半は肉体の自分ではない何かが、自分を動かしているような感覚になった。
体は疲れ切って、痛みも感じているのだが、動きはどんどん軽くなる。
自然と目も閉じてくるのだが、眉間の裏側に動きの軌跡が光のように先取りで見えて、それに従って体が自然と動かされているような。
太陽礼拝は動く瞑想とも言われている。
ちょこっとやるくらいだと、動的ストレッチで終わってしまうが、(それでもエネルギーを巡らせるには効果的)ここまでやると、深い瞑想に入ったような境地になるんだなぁと思った。
肉体や心は、自分そのものではなく、あくまでも道具であり、それを扱っているのが本来の自分、というのがヨーガの教え。
道具に振り回されないように生きて行きたいなぁ。
そうそう、一緒にやろうということで、自分と妻の結婚指輪をしてやった。
ヨガをする時は金属類はつけない方がいいなんて話を聞いたが、ヨガはゆるくやるという話も聞いたので、自分の想いに従った。
でも、やっている途中で妻は
「ああ・・・私はもう無理だ。イタタタ。疲れた」
と言って、座ってしまうだろなぁと思った。
あんまり身体を追い込まない妻よりも、ついつい夢中になって身体を痛めてしまう僕の方が生き残ってしまうなんてねぇ。
やっぱり寿命、人生のシナリオというのは決まっているんだなぁと思った。
アニータ・ムアジャーニさんという、末期癌から臨死体験を経て、奇跡の回復をした人の動画をたまたま観たのだが、本も読んだことあるので知ってはいたのだが、そういうこと言っていた。
スピリチュアルが苦手じゃない人は、観てみると癒されるのではないだろうか。
随分と脱線してしまったが、瞑想すると、たくさんの雑念が浮かぶもの。
動く瞑想である太陽礼拝を延々とやっている間は、様々な思考が浮かんでは見送りの連続だったので、しょうがない。
まあ、何とか無事にやり切った。
大掃除も終わったし、これでゆったりと年末年始を迎えることが出来る。
もともとは自分の為に始めたヨーガだけど、痛みを知り、愛を知っている皆さんが平穏に暮らせるよう、微力ながらこれからも祈りを込めて、ヨーガに励もうと思う。
ああ、体が痛い。
肉体があるのは大変だ。