「待宵月に揺れる花」*3


「一日千秋」




梅雨の季節になった「桜花閣」の庭先には、彩り豊かな紫陽花が咲いていた。

今宵も「桜花閣」の広間では、宴が開かれていた。
衣替えをした妓生の衣装も、薄地のチマチョゴリになり、薄地に透けた白い肌が色香を漂わせていた。
その宴には、ファン・テギョンの姿もあった。
相変わらず、容姿端麗のテギョンの人気は不動のもので、妓生たちもまた、テギョンに魅了され、テギョンの周りには妓生たちが群がっていた。
美しい妓生たちにも目もくれず、黙って手酌で酒を飲むテギョンの視線の先には、ウォルファの姿があった。
他の妓生たちと同じように、薄地のチマチョゴリを着て、自分ではない他の男の横に座り、紅い唇が美しい弓を描く。
妓生の仕事だとわかっていても、自分ではない男の隣に座り、その男だけに笑顔を向け見つめているのを目の当たりにしてしまうと、テギョンは、嫉妬で狂いそうになっていた。
ウォルファが席を立つのを見たテギョンも、何気なしに席を立つ。
ウォルファの後ろ姿を見つけたテギョンは、ウォルファの肩を掴む。

「テギョン様・・・!?」

テギョンは、驚きで目を見開くウォルファの手を掴むとウォルファの部屋へと入っていく。
テギョンの手が扉を閉めたと同時に、ウォルファは、テギョンに壁際まで追い込まれた。テギョンと壁に挟まれ、ウォルファは身動きがとれなくなっていた。

「・・・ミニョ」

テギョンがウォルファの真名を呼ぶ。
ミニョの瞳が自分だけを映し込むのを見つめ、テギョンは小さな息を吐いた。
そして、テギョンの唇がミニョの紅い唇に触れる刹那、ミニョがふと顔を逸らしてしまう。

「・・・ダメです。」

まだ宴の途中、紅が落ちてしまえば、客人の前に戻ることも出来ない。
テギョンは不服そうに口を尖らしながら、ミニョの顎を掴み、噛み付くような口づけをした。

「ん ッ・・・んん・・・」

ミニョの掠れた甘い声に煽られるようにテギョンの唇は、ミニョの首筋や耳朶に吸い付く。チョゴリの結び紐を解き、白い肩に口づけていく。

興味がない宴に参加したのも、ミニョに逢いたいがためだった。ミニョとの関係が戻ったものの、お互い忙しさのあまり、逢えない日々の方が多かった。逢えない日々が増えるたびに、逢いたい想いが日に日に募る。それは、再会する前よりも想いが強くなっていた。
しかし、宴に参加しても、ミニョが傍にいることはなく、手を伸ばせば、触れることが出来るその距離で、他の男を相手するミニョに、嫉妬で狂いそうになっていた。

やっと、自分の腕の中にいるミニョに
テギョンは狂おしい想いを激しくぶつけていた。
ミニョが着ていた色鮮やかなチマチョゴリは皺をつくりながら床に落ち、結局、宴に戻ることも出来ず、ミニョは、ぐったりと荒い息を吐きながら、テギョンに、抱き締められている。
テギョンはミニョの身体に労るように、背中を撫でていた。ミニョの息が整ったことを確認すると、テギョンは、ミニョと再会してから、ずっと考えていたことを口にした。

「ミニョ、お前の身請けを考えている。」

「身請け・・・ですか?」

「お前を正妻として迎えいれたい。」

ミニョの顔色が曇る。

「嬉しくないのか?」

「そ、そんなこと・・・無理です。私は、妓籍を抜けたとしても、卑しい身分のままです・・・。」

変えることのできない現実に、ミニョは、悲しそうに目を伏せる。

「俺は、お前と一緒にいたい。お前が、俺が見えないところで、俺以外の男を相手している、それが妓生の生業だとしても、赦せない、気が狂いそうだ・・・。
ミニョ、お前は、俺だけを見ていればいいんだ。お前に触れていいのは、俺だけでいい。
お前が気にしている身分のことは、これから、アン大監に相談してみようと思う。
だから、ミニョ・・・
お前も、悲観的なことを考えずに、これからの未来について考えろ。わかったな・・・?」

「ありがとうございます、テギョン様」

ミニョは、涙ぐみながら頷いた。






★★★★