「今宵、月明かりの下で…」30
「巡り合わせ」
テギョン様・・・
あれから、どれくらいの月日が流れたのでしょうか・・・
ユリ姉さんのお腹にいた子は、今は、小さな足で歩いています。
あの頃のことが、今は、とても懐かしく、まるで、春の夜に見ていた夢のように感じます・・・。
妓楼『桜花閣』の箱庭では、まさに宴の真っ最中だった。客は、官庁に属する官吏たちがほとんどだった。
相手をする妓生も、礼節があり、伝統歌舞に優れた一流の妓生たちが集まっていた。
桜吹雪が舞うなか、美しいカヤグムの音色に合わせ、優雅に躍り、清らかな美しい歌声を聴かせていた。
その頃、官庁の一室では、アン大監と、その部下がいた。
「テギョン、たまには、息抜きをしたらどうだ?私の知り合いの女人を紹介してやるぞ。」
「申し訳ないですが、アン大監、私は、女人に興味などございません。」
「ハハハ、そなたが、女人を遠ざけていることは知っている。それに、婚約を破談したことも・・・。そなたは、容姿も美しいから、今でも、モテるだろうに・・・。何故、今も独身なんだ?それとも、婚約者以外に、心を許した女人でもいたのか?」
テギョンは、ヘイとの婚約を破棄にしていた。どうしても、ミニョ以外の女人に、心を許すことが出来なかったのだ。
破談したことにより、父親に勘当されながらも、テギョンは、成均館を首席で卒業し、官吏の仕事に就いた。
今は、アン大監の元で働いている。
「テギョン、今宵は、私に付き合え。」
テギョンは、渋々、アン大監に付いていくことになった。
着いた場所は、『桜花閣』だった。
座敷に通されたテギョンは、興味などなく、初めての場所に居心地の悪さを感じていたが、暫くすると、ひとりの妓生が現れた。
妓生から、ふんわりと香る、懐かしい花の匂い。
“・・・まさか、な。”
忘れることが出来ない、似たような花の香りに、テギョンの胸が締め付けられる。
「アン大監様、お久しぶりでございます。」
テギョンが、目を丸くしながら、アン大監に挨拶をする妓生を見つめていた。
「ウォルファ、久しぶりだな。見ないうちに、また、美しくなったようだ。」
ウォルファは、美貌はもちろん、カヤグムの演奏と美しい歌声が認められ、『桜花閣』で官妓(官庁に属する妓生のこと)になっていた。
「アン大監様、相変わらず、お世辞がお上手ですこと。」
「ミジャさんたちは、元気にしているか?」
「えぇ・・・」
チラリと、ウォルファが、テギョンを見る。ウォルファの目も、また、驚きで丸くなったが、すぐに、嬉しそうに目を細め、頭を下げた。
「『桜花閣』へ、ようこそお出でくださいました。」
「あぁ、ウォルファに紹介しよう。ファン・テギョンだ。とても優秀な男なのだが、いい年齢して、まだ結婚もしておらぬ・・・」
アン大監の話など、既に、ふたりの耳には入っていなかった。
ただ、熱い眼差しで、お互いを見つめている。
そう・・これも、また、巡り合わせ。
今宵、月明かりの下で・・・
お会いしましょう・・・。
*終*
★★★★
これにて、『今宵、月明かりの下で…』を終わらせていただきます。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。