「今宵、月明かりの下で…」21

「月明かりの下で…」



無意味な嫉妬だとわかっていても、テギョンは、寄宿舎を飛び出していた。

『三日月館』に向かうと、ユリが、笑顔で、テギョンを出迎えた。

「いらっしゃいませ。ファン・テギョン様。ウォルファ様が、お部屋でお待ちですよ。」

「えっ?」

「これから、ウォルファ様に、大事なお客様がいらっしゃるので、誰も、ウォルファ様の部屋にお通ししないようにと、カン・シヌ様から・・・」

「チッ、シヌのヤツ、余計なことを・・・」

テギョンは、まんまと、シヌの策略に嵌められてしまっていたのだ。

不機嫌そうに、口を尖らしながら、ウォルファの部屋の前に立つと、香を焚いた香りが漂う。
花のような甘い香りが鼻孔を擽るだけで、胸が高鳴る。
ゆっくりと、引き戸を開けると、薄桃色の布が風で揺れていた。

いつかの夢で見たような情景に、テギョンはゴクリと唾を呑み込んだ。

薄い布を手で払い、灯りのない薄暗い部屋の奥に進んでいく。

テギョンの足が止まり、その光景に、目を奪われた。

ウォルファが、窓を開け、月を見上げていた。
月明かりを浴びているウォルファの横顔が、あまりにも、美しかったのだ。

長い睫毛、すぐにでも触れたくなる、滑らかな真っ白な頬、口づけをしたくなる、ふっくらとした紅い唇。

テギョンは、まるで、月の引力を感じるように、ミニョに近付いていた。

寝床にある香の香りが、一層、強くなり、身体中が熱くなり、狂おしくなる。

手を伸ばし、ウォルファの身体を抱き締めた。

「キャッ!」

暗闇での、突然の抱擁に、ウォルファは驚き、身体を強張らせる。
逃げようとするウォルファの身体を、羽交い締めするように、テギョンは、夢中で掻き抱いた。
ウォルファが、逃げられない恐怖で、身体を震わせたとき・・・耳元で、囁かれた。

「ミニョ・・・」

自分のことを『ミニョ』と呼ぶ男性は、ひとりしか、いなかった。

「テギョン様・・・?」

「ミニョ・・・会いたかった・・・」

吐息のように吐き出した声は、胸が苦しくなるくらいに、甘く、切なかった。





★★★★