「今宵、月明かりの下で…」19

「愛おしい」



翌朝、テギョンは、「三日月館」から寄宿舎へと帰ってきた。

「おかえり、テギョン。昨夜は、どちらへ行ったのかな?」

引き戸を開けると、テギョンは、不機嫌そうに口を尖らした。
そこには、シヌが、ニヤニヤと笑う口元を扇子で隠しながら、テギョンを見ていた。

「少し、寝る」

テギョンは、聞く耳を持たないまま、敷かれた布団に寝転がった。

「なぁ、ウォルファのとこに行ったんだろ?どうだったんだ、初めての女は?あの本が役に立っただろ?」

興味津々のシヌが、矢継ぎ早に質問をしてくる。

「うるさい!!あっちは、怪我人なんだ、抱くわけないだろ?」

「なんだ、抱いてないんだ。じゃあ、お前は、何しに行ったんだ?」

“ただ・・・ミニョに、逢いたかった・・・”

そんなこと、死んでも、シヌには言えないテギョンは、これ以上、話す気にもならず、口を尖らしながら、布団を頭から被った。

恐怖で、小刻みに震える小さな身体、真っ赤に腫れ上がった痛々しいその顔が、胸を締め付けさせ、唇を噛み締めた。

“どうやって、慰めてやるべきか・・・”

女など慰めたこともない自分には、優しく慰めてやる術もない・・・。

「あっ・・・お願いです・・・どうか・・・顔を・・・見ないで・・・」

顔を背けようとするミニョの肩を咄嗟に掴んだ。
涙を流すミニョの真っ赤な頬に触れる。

「テギョン様・・・」

ミニョの涙で潤んだ瞳が、自分を見つめ、弱々しく、か細い声が、自分の名を呼ぶ。
胸が苦しいほどに、込み上げるこの想いは、“いとおしさ”なのだろうか・・・
大丈夫だ・・・怖くないから・・・と、頬を優しく撫で、ミニョを見つめる。
お互いの息遣いが感じるほどに、見つめあっていた。

「テギョン様・・・」

切ないくらいに甘いミニョの息遣いを感じながら、ミニョの唇を、自分ので塞いでいた。

まるで、ミニョを慰めるように、優しく、その柔らかな唇を啄むように触れる。
不謹慎にも、唇に残る血の味さえも甘く感じてきてしまい、これ以上のことを望んでしまいそうになり、テギョンは、名残惜しそうに、ゆっくりと唇を離すと、ミニョの顔を見つめた。

「・・・ミニョ」

声に出さないで、ミニョは泣いていた。
ポロポロと、ミニョの頬に零れ落ちる涙を拭うと、ミニョの身体を抱き寄せる。
思った以上に、小さく、柔らかい身体は、強く抱き締めたら、粉々に崩れそうだった。
幼子を宥めるように、優しく、その背中や頭を撫でる。
ミニョが、泣き止むまで、そばにいるから。だから、声を出して、泣いていいんだと、甘えていいんだ、と。
おずおずと、ミニョの腕がテギョンの背中に回り、ギュッと、衣服を掴む。

ミニョが、泣き疲れて、眠りに就くまで、テギョンは、ミニョを抱き締めていた。
そのまま、ミニョが寝入っても、テギョンは、ミニョから離れることはなかった。
枕元にあった桶にあった濡れた手拭いを、ミニョの真っ赤に腫れ上がった頬にあてる。
テギョンは、ほとんど眠ることなく、ミニョの看病をしていた。

濃紺の空が、白々と空が明るくなる頃、ミニョが、目を覚ました。
水の音が聞こえ、そちらに顔を向ける。

「・・・テギョン様?」

「起きたのか?」

「・・・はい。
あの・・・ずっと・・・そばに居てくださったのですか・・・?
ありがとうございます・・・
ご心配かけて、すみませんでした・・・。」

ミニョが、申し訳なさそうに頭を下げる。

「好きな女を、心配するのは、当たり前のことだろ・・・?
だから、気にするな・・・」

「え?」

驚いたようにキョトンとしているミニョの顔を見ていられず、テギョンは、そっぽを向いた。

「か、帰る」

バツが悪くなったテギョンは立ち上がると、部屋を出ていく。

そして、寝不足のまま、寄宿舎へと帰ってきたのだった。



★★★★