「今宵、月明かりの下で…」10
「義務」
テギョンは身動ぎもせず、じっと動かないでいた。
自分に凭れ掛かるヘイの身体からは、柔らかな感触と香の甘い香りが鼻を掠める。
「テギョン様。」
甘い声で囁きながら、ヘイの細く長い指が、テギョンの指に絡む。
テギョンを上目遣いで見つめるヘイの瞳が潤んでいる。口づけがしたくて、ヘイは、唇を近付けたが、テギョンは顔を横に逸らしてしまった。
「・・・テギョン様」
テギョンの手がヘイの手から離れていく。
「ヘイ、やめてくれ。立場のある令嬢であるお前がやっていいことではない。それに、俺は、まだ、それ以上の関係を求めてないんだ。
悪いが、帰らしてもらう。」
テギョンに断れ、ヘイは、泣きそうになり、顔を俯かせた。
立ち上がり、部屋を出て行こうとするテギョンに、ヘイは、テギョンの後を追った。
「ま、待ってください、テギョン様・・・」
ヘイが、テギョンの衣服を掴むと、背中にすがった。
「私たちは、婚約者同士です。私は、恋人同士のように振る舞いたいし、テギョン様をもっと近くに感じたいのです。私は、テギョン様を愛しております。だから、テギョン様が、私を求めてくれるのであれば、私は、いつでも、テギョン様に全てを捧げるつもりです。
あとは、テギョン様のお心だけです。
それでは、テギョン様。私は、いつでも、あなた様をお待ちしております。」
テギョンは、ユ家を出ると、疲れが出たのか、溜め息を吐きながら、不快そうに、思いっきり、口を歪ませた。
『在学中でも、結婚は出来るんだぞ。それに、お前は、将来、ファン家の跡取りになるんだ。早く、ヘイ嬢を正妻として迎え入れ、次の跡取りを作るべきじゃないか?』
家に帰り、父親と顔を合わす度に言われていた。
テギョンは、23歳と若い年齢であったが、この時代だと、すでに『適齢期』を迎えていた。
『家名を守る責任』と『婚礼の義務』が、テギョンの肩に重くのし掛かっていた。
テギョンは、寄宿舎に帰る気にもならず、街を放浪していると、街はずれにある川から、楽器の美しい音色が聴こえる。
ウォルファの弾いていたカヤグムの音色にも似たその音に惹かれるように、何気なしに川の畔に向かう。
そこには、テギョンの近付く音にも気付かずに、ただ一心不乱にカヤグムを弾くウォルファの姿があった。
★★★★