「今宵、月明かりの下で…」9
「許嫁」
テギョンの許嫁は『ユ・ヘイ』という名の、両班の令嬢。
テギョンが、ユ家の屋敷を訪れると、門の前に、ヘイの姿があった。
「こんにちは、テギョン様。お待ちしておりましたわ。」
編み込んだ長い黒髪を後ろに垂らし、真紅のテンギ(リボン)を結び、両班の令嬢らしく、上質な布を使用した鮮やかな黄色のチョゴリに紅色のチマを身に纏ったヘイが、テギョンに可憐な笑みをみせた。
「お休みのところ、お呼びたてして、すみません。」
ヘイは、テギョンを自分の部屋に入れた。
部屋は、若い娘らしく、甘い香りがする香が焚いてある。
その香りに、テギョンが、少しだけ、顔を歪める。
「どうぞ、お座りになって。おくつろぎくださいませ。」
使用人が、酒と共に餅などの茶菓子を用意する。
「テギョン様、どうぞ」
ヘイが、テギョンに酒を振る舞おうとするが、テギョンは、首を横に振った。
「お嫌いですか?」
「いや、そうではない。昼間から、酒を呑む気にならないだけだ。気を悪くしないでくれ。」
「いいえ、お気になさらないでください。
テギョン様、お会い出来る日を楽しみにしていたのです。」
頬を紅く染め、はにかみながら話すヘイ。
「最近、お父様が、私に『早く、テギョン様と結婚をしろ』と、そればかり仰るのですよ・・・。もちろん、私は、テギョン様が、成均館を卒業するまで、お待ちすると、決めていますけどね・・・」
何度か、ヘイと会って、話をしているが、一度も情が湧いてこない。
しかし、親同士が決めた結婚。
情がなくとも、いつかは、しなくてはいけない。
女性に興味がないテギョンにとっては、結婚は、憂鬱なものだった。
しかし、逆に、ヘイは、テギョンに好意を寄せていた。
ヘイも、キーセンと負けず劣らずの美貌を持っていた。それを、ヘイは自負していたし、街でも美男子と有名なテギョンとの結婚は、両班の娘たちに羨ましがれ、ヘイは優越感に浸っていたが、心配事もあった。
それは、テギョンの心だった。
いつまで経っても、テギョンは、ヘイに触れようとしない。
結婚前だから、契りを結ぶことは出来なくとも、手を握ったり、口づけをしたりと、恋人のように過ごしたいのに、テギョンは、ヘイの顔を見つめることもなかった。
結婚前の娘が、独身の男に、積極的に触れることは、卑しい行為だと思われているが、なかなか行動を起こさないテギョンに、ヘイは、焦れったさを感じ、思いきって、テギョンの横に座り、テギョンの肩に凭れ掛かった。
「テギョン様、お願いです。どうか、卑しいと思わないでください。私は、テギョン様に触れたいのです。お願いです。どうか、少しだけ、このままで・・・」
驚きで、目を見開くテギョンの手に触れると、ヘイは、目を閉じた。
★★★★
参考用語
テンギモリ

おさげ髪のことです。
『テンギ』とは、おさげ髪に飾るリボンのことです。
結婚すると、まとめ髪になります。