「今宵、月明かりの下で…」*3*

「月花」




外は、夜の帳が下り、妓楼『三日月館』では、女主人のミジャが、客を迎え入れる為、慌ただしく妓楼の中を動き回っている。

「ユリや、紅灯を灯してきてちょうだい。」

「はい、かしこまりました。」

侍女のユリが、軒先にある、紅灯に明かりを灯す。

『三日月館』の女主人であるミジャは、元キーセンで、ミジャの娘であるユリは、妓楼の世話係をやっている。
ユリの旦那である『ジェルミ』は、妓楼の中の唯一の男で、厨房と雑用を担当している。
『三日月館』には、ふたりのキーセンがいる。
ひとりは、『ワン』年齢は二十四歳、妓名を『ホラン』と名乗っている。
もうひとりは、『コ・ミニョ』
妓名は、『月花(ウォルファ)』と名乗り、年齢は、十九歳。
ミニョの亡き母親も、また、この『三日月館』のキーセンであった。
母親『イ・スジン』こと『明月(ミョンウォル)』も、また、この街では、有名なキーセンだった。
容姿も美しかったが、歌と楽器演奏の才能もあった。
父親の顔も知らず、庶子であるミニョは、幼き頃から妓楼で育ち、母の姿を見よう見まねで、楽器を演奏し、歌を歌い、舞いを踊っていた。

『妓生の子は、妓生』と世間で言われるように、ミニョは、将来、母親と同じように、キーセンになるという道しかなかった。
教房(キョバン=キーセンの学校のようなもの)に通い、キーセンの教養を学んだ。
水揚げ(=客と初めて床入りすること)は、十六歳のとき、相手は、一回り以上も離れている官職の男だった。
快楽も何もない。ただ、苦痛で仕方がないものだった。
それでも、客を拒むことも出来ず、客を受け入れ、その相手を満足させなければいけないのが、キーセンの務め。

いつしか、男たちが好む、笑顔を覚え、甘える仕草を身につけていた。
男に抱かれるのも、苦痛とも思わなくなっていた。

『三日月館』には、昔からの馴染みの客であるアン大監の姿があった。
ふたりのキーセンを両脇に侍(はべ)らし、上機嫌に酒を飲んでいる。
酔っているのか、アン大監のいけない手は、ミニョの腰の辺りを撫でながら、チマを捲りあげようとしていた。

「ウォルファ、お客様だよ」

ミジャの声に、アン大監は舌打ちをし、手を離した。

「アン大監様、すみません。」

ウォルファは、頭を下げると、部屋を出ていく。

違う部屋では、ウォルファを待つ客の姿。
扇子を広げ扇ぎながら、すでに、手酌で酒を飲んでいる。

「お待たせいたしました。」

ウォルファが、部屋に入った途端、客が、ウォルファを抱き締める。

「ウォルファ、会いたかった」

「カン・シヌ様、いらっしゃいませ」

ウォルファは、ニッコリと微笑んだ。




★★★★

参考用語
今回は、『妓名』です。
妓名とは、キーセンの源氏名です。
ミニョの妓名は、『月花(ウォルファ)』
ワンの妓名である『ホラン』これは、韓国語で『アゲハ(蝶)』を意味します。
ちなみに、『アゲハ蝶』だと『ホラン ナビ』と言います。
スジンの妓名『明月(ミョンウォル)』は、ファン・ジニの妓名からお借りしてます。